この記事では、光線を定義する方法および光線と波面との関連性について説明します。OpticStudio で光線がどのように使用されているかを示し、振幅、位相、光路、媒質との相互作用をはじめとする光線の特性を取り上げます。
著者 : Ken Moore
はじめに
光学系における光の伝搬をモデル化するには光線を使用します。一般的な光学ガラスのように均質で等方性の媒質では光線は直線です。光線は、局所的な波面と直交し、エネルギーの流れの方向に向かいます。光線には位置、方向、振幅、位相のデータがあるほか、光線に関連付けられた偏光データがあることも少なくありません。
異なるタイプの媒質が接触している面では、光線が屈折、反射、回折することがあります。異なる媒質の境界では、方向などの光線の特性が変化することが普通です。
この記事では、光線を定義する方法と OpticStudio での使用方法を紹介します。
OpticStudio での光線
OpticStudio では、光源上の点を発して光学系の中を通過し、最後の像面に達する光の伝搬をモデル化するために光線追跡を使用しています。多数の光線の振幅、位相、偏光の分布が光線追跡から得られ、それを使用して幅広い光学現象を予測できます。
光の伝搬を扱ううえで、光線モデルは使いやすく、高機能で正確な手段です。
屈折率分布型媒質のような不均質な媒質を通る光線追跡では、一般的に光線は曲線状の経路をたどります。材料の中には単軸結晶のように等方性ではないものがあります。このような媒質の中では、光線は波面と直交しません。OpticStudio では、不均質な媒質と非等方性の媒質の両方を扱うことができます。この点については別の記事で取り上げます。偏光の光線追跡は複雑なテーマなので、これも別の記事で触れます。
光線と波面
光線は波面と深く関連しています。波面とは、光ビームの電界が何らかの基準点に対して均一な位相を維持している想像上の面です。たとえば、球の内部に光を発しているコヒーレントな点光源があるとします。光源からどのような距離で離れた位置にも、位相が均一な球状の波面が存在します。
波面の伝搬を直接扱うことは数値的に困難です。幸いなことに、多くの場合、波面の伝搬を直接扱う必要がある場所はビームの焦点付近に限られます。焦点から離れた位置では、波面から光線への変換がはるかに容易になるので光線の伝搬を扱います。
波面のどの点でも、何らかの小さい領域を選択できます。この小さい領域は、平面波の断片と考えることができます。光線の位置をこの小さい領域の位置で定義し、光線の座標を、この小さい領域に対する法線ベクトルの方向で定義します。この小さい領域全体の集積エネルギーまたは集積光束は、光線で全面的に表現されると見なすことができます。ホイヘンス点像強度分布のような焦点近傍での計算では、光線を波面に変換できます。
座標、方向余弦、および伝搬
光線の最も基本的な特性として、位置と方向の 2 つがあります。
位置は次の式で定義します。
座標は、一般に「レンズ ユニット」と呼ばれる長さの単位で数値化します。
方向は次の式で定義します。
各値は、光線の方向と平行な単位ベクトルの方向余弦です。
r と k はいずれも、面のローカル座標、または何らかの基準フレームに対するグローバル座標で表現できます。
距離 t まで伝搬した光線が占める新しい座標は次の式で求めることができます。t はレンズ ユニットで表した値です。
特定のタイプの光学面まで光線を追跡する方法については、参考文献 1 を参照してください。
OpticStudio では、[解析] (Analyze) → [計算] (Calculations) → [光線追跡] (Ray Trace) を使用して 1 本の光線を追跡し、光線の座標と余弦をはじめとする各種データの表を作成できます。
光線の座標は、物体を先頭行として、面との交差位置ごとに一覧で記述されます。各面との交差位置における方向余弦は、その面で屈折、反射、または回折して次の面へ向かう光線の方向を表しています
屈折、反射、回折
異なる媒質どうしの境界を表す面と交差する位置まで光線を追跡します。この境界で、よく知られたスネルの法則に従って光線が屈折します。スネルの法則をベクトル表記すると次のようになります。
N は光線と面との交差点における面の単位法線ベクトル、k は光線の方向余弦ベクトルです。屈折後のデータは効果を受けた量で、屈折前のデータは効果を受けていない量です。
反射の場合、反射率は重要ではないので、スネルの法則は次のような簡潔な式になります。
この式は、n' = -n とすることで導くことができます。光線追跡プログラムでは、屈折と反射を区別しなくてもすむように、この手法を使用することが普通です。
回折グレーティングなどの光学面でも光線の方向が変化します。屈折と反射も考慮した回折を記述する一般的な式は次のようになります。
M は回折次数、l は波長、p は局所的なグレーティング周期 (隣接する 2 本のグレーティング線間の長さ)、q は局所的なグレーティング線に平行な、面の接線方向の単位ベクトルです。M がゼロまたは p が無限大であると、グレーティングの一般式はスネルの法則に簡略化されます。
このトピックの包括的な説明については、参考文献 2 を参照してください。
振幅、位相、光路
光線は電界の伝搬をモデル化するので、その大きさと位相双方のモデル化になります。光線の振幅は、次の形式の複素数です。
光線の強度は、光線の振幅の二乗 (A*A) になります。光線の強度の単位は、パワー、エネルギー、単位時間あたりのパワー、または単位時間あたりのエネルギーです。光線に使用する適切な単位は、実行する具体的な計算の詳細によって異なります。この記事で用語として使用している強度は、放射測定で広く使用されている強度とは異なります。放射測定でいう強度とは立体角あたりのパワーです。
一般的に、光線の振幅は、空気からガラスへの屈折のように屈折率境界を通過すると減衰します。ガラス上に薄膜があると、振幅の減衰量が変化します。ガラスの中を伝搬している光線でも、バルク吸収によって振幅が減衰します。このような効果はすべて、OpticStudio の偏光光線追跡機能の中でモデル化します。この機能については、別の記事で取り上げます。
光線の伝搬に伴って、光線の位相が変化します。距離 t を伝搬した光線の位相変化は次の式で求めることができます。
n は媒質の屈折率、λ0 は真空中での波長、φ の単位はラジアンです。
均質で等方性の媒質の場合、光線の光路長 (OPL) は、次のように、光線が進んだ距離と光線が通過した媒質の屈折率との積になります。
OPL = nt
n は屈折率、t は光線が進んだ距離です。光源上の点から像面に至る光学系全体の OPL は、各光学面間の媒質ごとに計算した OPL を加算して求めることができます。
最高の像質を得るには、すべての光線が同じ位相で像面上の同じ点に到達する必要があります。このことから、光線の光路長を、光線と何らかの基準光線との差異として捉えると便利です。通常、この基準光線として主光線を使用します。また、参考文献 1 に示されている理由から、この OPL を光源から像までではなく、光源から基準球までとすることも効果的です。基準球とは、像面と主光線との交差点を中心とする球面です。基準球の半径は、像面から近軸射出瞳までの距離です。この量を光路差 (OPD) と呼びます。
OPD = OPLray - OPLchief
上記の両方の OPL は、光源から基準球までの光路長です。OPD は、次のように横収差図に表示される量です。
OPD を使用すると、光線データから波面を再構成できます。OpticStudio では、波面収差の計算と表示の主要な手段として OPD を使用しています。
光線サンプリング
一般的に、波面をモデル化するには 1 本の光線だけでは不十分なので、光線の集合を使用します。最も広く使用される光線の集合は矩形グリッドです。
PSF 解析や MTF 解析をはじめとして、OpticStudio の多くの機能では、光線のグリッドを使用して瞳全体をサンプリングします。普通は、N×N によってこのようなグリッドを指定します。N は 2 のべき乗である整数です。たとえば、32 x 32、64 x 64、128 x 128 などのグリッド サイズが多く使用されます。
瞳サンプリングが多いほど、計算の精度は高くなりますが、データの計算に要する時間は長くなります。
各光線に伴うエネルギーの量は、各光線に割り当てられる瞳面積に比例します。瞳の中で追跡する光線の本数が多くなるほど、各光線のエネルギーは少なくなります。
参考文献
1. Shannon, R. R., The Art and Science of Optical Design, Cambridge University Press.
2. Bass, Michael, Handbook of Optics Volume I, McGraw Hill
KA-01579
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