回折面による眼内レンズのモデル化

眼内レンズ (人工水晶体、IOL) とは、白内障や近視などの症状を持つ患者の眼に外科的に移植される医療器具です。基本的にはプラスチック製のレンズであり、水晶体が濁って視力が低下したときに、生来の水晶体を置き換えます。この記事では、眼内レンズのモデル化にバイナリ 2 面を使用する方法を説明します 

著者 : James E. Hernandez 

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はじめに 

眼内レンズ (人工水晶体、IOL) は、生来の水晶体が濁って視力が低下したときに、これを置き換えるために使用します水晶体の濁りは白内障と呼ばれ、この病気のために置き換えられる IOL は偽水晶体眼内レンズと呼ばれます。IOL は、近視、遠視、乱視の視力矯正にも使用できます。 

長年の研究開発により、様々な設計の IOL が生み出されました。OpticStudio は、ほとんどの種類の IOL をモデル化し、性能を解析できる優れたツールを設計者に提供します。この記事の IOL は水晶体の屈折力を変えるために、生来の水晶体の上にかぶせるように配置されます。この種の IOL は有水晶体眼内レンズと呼ばれます。 

回折眼内レンズ 

屈折性の単焦点 IOL は、患者の遠方視力および近方視力を矯正します。ただし、その設計には両方を同時に矯正できないという問題があります。このため、最新の IOL 設計はこれに代わる手法、多焦点 IOL を実現しました。多焦点 IOL は、複数の屈折力を提供し、被移植者は複数の範囲に焦点を合わせることができます。二焦点 IOL は多焦点設計の一般的な応用形態であり、一方は近方視力、もう一方は遠方視力を矯正する 2 つの屈折力を備えています。この記事では、二焦点 IOL の設計に注目します。 

二焦点 IOL は光が回折する性質を利用します。復習になりますが、異なる光波が伝搬して、ある場所で交差すると干渉が発生します。干渉は、波を弱め合う場合と強めあう場合 (または、その中間) があり、それぞれの光波の光路長の関数になります。たとえば、光路長が半波長だけ異なる 2 つの光波が交差したときの干渉は、互いに完全に打ち消し合い、強度は 0 になります。二焦点 IOL の設計は、この概念を巧妙に利用します。レンズは基本屈折力で設計され、少なくとも一方の面に同心の環状領域を設けます。これらの環状領域を通過する光は、領域間の光学的な「段差」によって、制御された形で干渉します。下図は、レンズの非球面と環状領域を示した二焦点 IOL です。(リングのサイズは強調しています。) 

 

bifocal IOL

 

回折 IOL の仕組みを理解するために、次の模式図のようにリングが等間隔で配置されている場合を考えます。リングの 1 つおきに、透過する光線の光路長が 1/2 波長だけ伸びるような段差があります。これによって、同じ場所に合焦するものの、互いにちょうど 1/2 波長だけ位相が異なる 2 つのレンズが形成されますその焦点では、打ち消しあう干渉が発生するため、その場所での強度は 0 になりますたとえば、下図の点 A で、外側 2 つのリングを透過してきた 2 つの光線間の位相差が、ちょうど 1/2 波長であれば、打ち消しあう干渉が発生するでしょうしかし軸に沿って、さらに離れた点 B では、外側 2 つのリング間の光路長の差が 0 になって、強めあう干渉が発生する可能性があります複数の焦点は、レンズの異なる回折次数に対応します。 

 

multiple foci

 

各段差の高さを調整することで、必要な場所に焦点を生成できます。IOL の設計では、段差の高さと形状を選択して、眼の網膜上に 2 つの焦点を形成できます。一方は近距離、もう一方は遠距離にある物体用です眼球内では、常に両方の焦点が存在します。物体が患者の眼に近い位置にある場合、一方の像は網膜上に焦点を結び、もう一方の焦点は、ぼけた像を形成します脳は、ぼけた像を無視し、焦点の合った像に集中するように学習します。 

回折 IOL による、もう一方の焦点も、眼球内に存在します。IOL の各リングの面形状を正確に選ぶことで、使用する 2 つの次数で強度を最大化し、その他の次数では最小化することができますしかし、OpticStudio は、光線の位相は変化させますが、各リングの面の形状は直接モデル化しません。OpticStudio では、各次数に入射強度の 100% が含まれると仮定しますしたがって、レンズの各回折次数に含まれる実際の強度を計算するには、他のモデル化ソフトウェアを使用する必要があります 

 

OpticStudio によるモデル化 

この例では、二焦点 IOL のモデル化にバイナリ 2 面を使用します。バイナリ 2 面は、各光線に加わる位相が、回転対称の多項式に従って変化する回折面です。次式に従って、位相は遅れるか進みます。 

 

binary 2 surface equation

 

ここで、係数 Ai はラジアン単位です。 

N は級数の多項式の係数の数で、M は回折次数、p A 項で表される係数を持つ正規化されたアパチャー動径座標です。この設計に着手するにあたり、次のパラメータを持つ IOL をモデル化するものと仮定しました。瞳径には、中程度の照明状態における、人間の瞳孔のおおよその大きさである 3.5 mm を使用します。 

 

パラメータ 

内容 

材料 

ポリメチルメタクリレート (Poly) 

光学径 (クリア アパチャー)

6.0 mm

MTF 要件 (遠距離) 

10 lp/mm 50% のコントラスト 

MTF 要件 (近距離) 

50 lp/mm 50% のコントラスト 

総収差 RMS (um) 

2.13 +/- 2

遠方視の焦点 

0 次の回折 

近方視の焦点 

1 次の回折 

前の面タイプ 

非球面、回折 

後の面タイプ 

非球面 

 

はじめに、人間の眼を簡素化したモデルを構築する必要があります。ゼロから作成する代わりに、人間の眼のサンプル ファイルを使用します。このサンプル ファイルは、次の記事に添付されています。『人間の眼の OpticStudio でのモデルファイル Eye_Retinal Image.zar を開いてください。このファイルのレンズ データ エディタとレイアウトを下図に示します。瞳径には目的とする値が設定されているため、変更が必要になるのは「水晶体」だけです。 

 

lens data editor settings

 

layout image

 

このモデルは、眼の主な要素、つまり角膜表面、瞳孔、水晶体、網膜、眼房水、硝子体液を考慮しています。水晶体が 2 つの [標準] (Standard) 面でモデル化されていることに注意してください。バイナリ 2 を使用して、このレンズ部品を回折性の二焦点 IOL に置換できます。 

6 は、水晶体の前の面を表します。この設計の要件として、IOL の前の面は回折力を備える必要があるため、この面のタイプを標準から [バイナリ 2] (Binary 2) に変更する必要があります。変更すると、この面に関して LDE に新しいパラメータが多数表示されます。具体的には、回折次数、非球面係数、バイナリ 2 の位相展開に使用する最大項数と正規化半径です。 

 

lens data editor

 

遠方視の焦点に対応するものと、近方視の焦点に対応するものの 2 つの回折次数をモデル化する必要があるため、複数のコンフィグレーションを設定する必要があります 1 のコンフィグレーションは、二焦点 IOL 0 次の回折をモデル化するもので、物体距離は無限遠に設定する必要があります。第 2 のコンフィグレーションは、二焦点 IOL 1 次の回折をモデル化するもので、物体距離は有限に設定する必要があります。下図のウィンドウに、マルチコンフィグレーション エディタの設定方法を示します。 

 

multi config editor

 

無限共役と有限共役の光学系のコンフィグレーションを正しく設定するために、FLTP、THIC、YFIE オペランドを使用する必要があることに注意してください。FLTP オペランドを使用する場合、"0" を指定すると角度視野、"1" を指定すると物体高視野が定義されます。この例では、遠方視のコンフィグレーションに対しては 10 度と 20 度の角度視野、近方視に対しては 10 mm 20 mm の物体高視野を選択しました。近方視の視角を小さくして、文字などの視認対象を正確に反映できるようにしました。最後に、近方視の物体距離を 250 mm に設定しました。これは、「健常」な近方視が、この距離で行われるという前提に基づいていますこの値は、情報源によって異なる可能性があります。 

IOL に必要なパラメータ (両方の面の基本曲率半径、非球面係数、「位相」係数など) を決定するためのレンズの最適化を実行する前に、いくつかのパラメータを手動で入力しておく必要があります。面 6 の材料を、前記の表で指定された材料要件に合わせて PMMA に変更する必要があります。面 6 のパラメータ 13、[最大項 #] (Maximum Term #) は、式 #1 に必要な項数、つまり N を表します。値は 4 に設定しますが、必要に応じて、より大きな値も選択できます。最後に、正規化半径を入力する必要があります。ここでは、このパラメータにレンズの半径に等しい値を設定します。正規化半径の値の正確さは、Ai 係数とともに使用する限り重要でありません。 

これらの最終パラメータを入力したら、IOL の最適化を開始できます。変数として設定するパラメータは、面 6 7 の曲率半径、面 6 7 4 次と 6 次の非球面係数、面 6 p^2、p^4、p^6、p^8 の係数です。この時点の LDE は、次の図のように設定されているはずです。ここでは遠方視のコンフィグレーション ( 1 のコンフィグレーション) を示しました。 

 

far vision configuration

 

far vision configuration

 

すべてが適切に設定されたら、最適化を開始できます。他のすべての光学系と同様に、最適化は反復プロセスになります。良好な結果が見つかるまで、RMS スポット サイズと RMS 波面収差に対する最適化を交互に繰り返します。最初は視野点を 1 つに絞り、単色に設定した光学系の最適化から始めて、有望な結果が得られた時点で、波長を追加したり視野点を戻したりするのが、理想的な最適化の流れです。色収差が確実に補正されるように、評価関数に縦収差のオペランドを含めることができます。ユーザーは、どのコンフィグレーションに追加のオペランドを適用すべきかを確認する必要があります。下図は、最適化の最終段階におけるメリット ファンクション エディタの設定例です。 

 

merit function editor

 

このデモ用設計を最適化した結果が次の図です。変数としたパラメータのすべてに、固有の値が設定されたことに注目してください。LDE の下のレイアウトでは、遠方視のコンフィグレーションを左、近方視のコンフィグレーションを右に示しました。 

 optimization results

 

optimization results

 

comparison of optimization

 

光学系が、最初に規定した要件をすべて満たしていることを確認するために、OpticStudio のシーケンシャル モードの [解析] (Analyze) タブにある、いくつかのツールを使用します。最初に、上記のレンズ データ エディタから、材料の種類、レンズの寸法、面のタイプに関する要件が満たされていることは既に明らかです。MTF の要件が満たされていることを確認するために [解析] (Analyze) [MTF] (MTF) [FFT MTF] (FFT MTF) に移動します。この例では、サンプリングを 128 x 128 に設定しましたが、必要に応じて大きくすることができます。両コンフィグレーションの結果を、下図に示します (遠方視 : 上、近方視 : )。 

 

 

results of both configurations

 

2nd result

 

 グラフを見るかぎり、遠方視では 10 lp/mm 50% のコントラスト、近方視では 50 lp/mm 50% のコントラストという要件が両方とも満たされているようです。さらに確認するには、テキスト ビューアに移動します (MTF プロットの下の [テキスト] (Text) タブをクリックすると表示されます)。一番外の視野点 (上記のプロットによると、最も要件を満たしていない可能性がある) まで下にスクロールすると、下図のようなデータを確認できます。今回も、遠方視が上、近方視が下です。 

 

data data

 

上の図の空間周波数 10 lp/mm、下の図の 50 lp/mm の値を見ると、要件が満たされていることは明らかです。このような結果が得られない場合は、MTF オペランドを追加して、さらに最適化を実行できます。MTF の最適化に関する詳細は、『MTF の最適化方法』を参照してください。 

前述の表では、総収差の RMS 値として 2.13 ± 2 um を要求していました。この設計例がこれらの要件を満たしているかどうかを確認するには、[解析] (Analyze) [波面収差] (Wavefront) [波面収差マップ] (Wavefront Map) に移動します。設定では、対象とする波長や視野に加えて、サンプリング レートも調整できます。2.13 ± 2 という要件が、すべての視野点と波長に適用されると仮定して、すべての組み合わせをチェックできます。この設計では、すべてのコンフィグレーションが総収差 RMS の要件を満たしていました。関係するデータの表示に必要な設定を以下に示します。RMS の値は波数で示されるため、仕様の単位の種類がミクロンの場合、波長を乗ずる必要があります。 

 

sample setup

 

IOL の設計にあたって役に立ちそうな、その他の解析ツールに OpticStudio の拡張光源解析があります。その一例として、幾何学的ビットマップ像解析を紹介します。この機能では、光源として RGB ビットマップ ファイルを使用して、光線追跡データに基づく RGB カラー画像を作成します。拡張光源のモデル化、ディストーションの表示、結像した物体の見え方の確認などで威力を発揮します。この機能を使用するには、[解析] (Analyze) [拡張光源解析] (Extended Scene Analysis) [幾何光学的ビットマップ像解析] (Geometric Bitmap Image Analysis) に移動します。下図は、0 度の視野点における遠方視のコンフィグレーションの結果を、解析に使用した設定とともに示したものです。 

 

bitmap image analysis

 

bitmap image analysis

 

最後の注意点として、IOL を角膜「レンズ」を使用してモデル化したことを挙げておきましょう。IOL の設計では、角膜による収差と IOL による収差のバランスを取ることに最大限配慮する必要があります。収差は患者ごとに異なるため、角膜の形状を測定して得られるゼルニケ係数を使用して、角膜面の後の波面収差を、より正確にモデル化する必要性が生じるかも知れません。ゼルニケ標準位相を、角膜面と同じ屈折力の近軸レンズと併用することで、先に使用した眼球モデル例を、IOL 設計により適したものに変更することができます。その場合の LDE と対応するレイアウトを下図に示します。このファイルも、記事に添付されています。 

 

LDE

 

layout

 

この眼球モデルも、最初に使用したものと基本は変わりません。唯一の相違は、前に使用した角膜「レンズ」が、同じ屈折力の近軸面に置き換えられていることです絞りを基準とした厚みは、置換前に角膜を記述していたレンズの主平面の位置を考慮して変更してあります。この新しいコンフィグレーションでは、角膜面 (今回は近軸) の後の波面収差が、ゼルニケ標準位相面に設定されたゼルニケ係数によって決まります。これらの係数はレンズ データ エディタに直接入力するか、以下のフォーマットで [面のプロパティ] (Surface Properties) からインポートできます。 

 

n

norm_rad

Z1

Z2

Z3

...

 

final

 

IOL の最適化/構築に進む前に、角膜の測定を複数の瞳サイズで行ったかどうかに従って、マルチコンフィグレーション エディタを確認する必要があります。 

 

KA-01605

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