この記事では、空間周波数の周期で変化する形状を持つ面を使用して、放射対称面に発生するイレギュラリティを実装する方法を紹介します。このようなイレギュラリティとして、ダイヤモンド切削に起因する加工誤差などがあります。ここで紹介する手法では、この用途専用のユーザー定義 DLL によるシーケンシャル面を使用します。この面は、ゼルニケ項を含む通常の偶数次非球面と、サグの周期的な変化を組み合わせて構成します。この中空間周波数の周期的なイレギュラリティを使用して、非球面シングレット レンズとテッサー対物レンズの面に発生するイレギュラリティを評価および公差解析します。
Authored By Katsumoto Ikeda
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(* サンプル ファイルに収録された DLL は、Professional または Premium のサブスクリプション ライセンスによる OpticStudio バージョン 20.1 以降で適切に動作します。)
序章
設計した光学部品を製造プロセスで実際に製造したときに、仕様どおりの性能を確実に実現するうえで、イレギュラリティの公差解析はレンズ設計に不可欠な工程です。このようなイレギュラリティとして、光学面の加工誤差、成形インサートの加工誤差、樹脂の射出成形に起因するイレギュラリティ、センサーに対する光学エレメントの位置ずれ、光学面の粗さ、厚みのばらつきなどがあります。
これらのイレギュラリティをパラメータ化することは、公差解析のうえできわめて重要です。公差解析オペランドの TEZI などを使用することで、このパラメータ化が可能です。TEZI 公差解析オペランドは、ゼルニケ多項式としてイレギュラリティをモデル化します。変化の周波数が低いイレギュラリティによる面の誤差であれば、これらのパラメータを使用した数式でモデル化し、公差を評価できます。一方、光学面上できわめて高い周波数でイレギュラリティが変化する場合は、広い角度で光が散乱するので、光学系の損失としてイレギュラリティを無視できます。しかし、アパチャーの大きさの範囲で数周期以上にわたって変化するような周波数の場合は、パラメータ化によるシミュレーションは困難になり、損失として無視することもできなくなります。このような中空間周波数による変化は、光学性能が劣化する原因となることがあるからです。
この記事では、ダイヤモンド切削で発生すると考えられる、中空間周波数の誤差を表現するモデルの必要性について解説します。このイレギュラリティをシミュレートする数式を定義し、その機能を実際に試したうえで、スポット ダイアグラムや公差解析を評価する計算例をいくつか紹介します。最後に、使用時の制約について補足します。
光学部品の製造
光学面を製造する場合、通常は、理想的な形状を持つ面からの許容偏差を、面のイレギュラリティ (理想的な形状からの RMS 偏差) として規定します。たとえば、市販のレンズやミラーは、HeNe のテスト波長 632.8 nm で 0.1λRMS の面イレギュラリティを持つと考えられます。ヌル テスト用のカスタム レンズなどでは、イレギュラリティの仕様が 0.01λRMS 程度の厳格な値になることもあります。
出展: Youtube [1]
空間周波数は、いくつかの帯域に分類できます。
- 面の粗さのような周波数が高い帯域では、誤差を損失と見なすことができます。
- 周波数が低い領域では、ゼルニケ分解などを使用して形状の変動として扱うことができます。
- 多項式では容易に定義できないほど高く (アパチャーの範囲で 10 周期を超える場合 [2])、同時に損失として無視できるほどは高くない (波長を基準としたリップルの周期が、特定の面から像面に至る光路長の 1/10 よりも大きい場合 [2, 3]) 周波数を、ここでは中空間周波数と定義します。
このような中空間周波数における誤差は、特に、結像光学系の解像度低下、好ましくない迷光、照明光学系の均一性低下の原因となることがあります。こうしたことから、図面作成や部品発注の前にこれらの誤差を評価し、光学系の公差に取り入れる必要があります。カスタム部品の場合は、空間周波数も考慮したイレギュラリティの形態について、部品製造元と協議することが重要です。これらの製造元が、類似する部品のデータを提供したり、発生する可能性が高いイレギュラリティの形態を予測したりできることもあります。
しかし、通常はイレギュラリティの形態は不明です。これまでの研磨による光学面製造では、パワーや非点収差などの低次の収差でイレギュラリティが構成されていると仮定することが無難です。OpticStudio を使用すれば、このような種類のイレギュラリティをさまざまな方法でモデル化できます。しかし、これまでの機械加工面と異なり、ダイヤモンド切削面には、中から高域にわたる空間周波数で部品に発生する回転対称のリップルを予測できるという独自の特徴があります。
ダイヤモンド切削では、ダイヤモンドを切削工具として使用します。結晶、金属、アクリルなどの材料で高品質な非球面光学部品を製造する場合に、ダイヤモンド切削が広く使用されています。プラスチック製の光学エレメントは、ダイヤモンド切削した金型を使用して成形加工することが普通です。ダイヤモンド切削は、ダイヤモンド バイトを取り付けた回転式加工機により、高精度部品を機械加工するプロセスです。プロセスによっては、P-V 深さが 0.1 ミクロン程度の中周波数と高域周波数の誤差や、数ミクロンの低域周波数の誤差が発生することがあります。用語として「単結晶ダイヤモンド切削 (SPDT)」が使用されることもあります。ダイヤモンド切削は高い鏡面輝度を得られることから、研磨やバフがけなどの追加工が不要です。ただし、ダイヤモンド バイトによる加工跡に中空間周波数のリップルが残ることがあります。
中空間周波数の不整面の表現に使用できる方法
OpticStudio および光学系一般では、さまざまな方法でイレギュラリティを表現できます。
- ゼルニケ項を使用して、面のイレギュラリティを近似的に表現できます。
- グリッド データを使用して面のイレギュラリティを表現する方法もあります。
- 3 次元誤差に関しては、製造した面のプロファイル データを、拡張多項式やチェビシェフ多項式にフィッティングできます。
- 回点対称の測定データには、拡張奇数次非球面をフィッティングできます。
なお、多項式の項のパラメータ フィッティングには高い空間周波数域で制約があります。面上に存在するリップルの数は、パラメータ方程式 (助変数方程式) の多項式の数に依存するからです。空間周波数が高い誤差があると、多項式フィッティングだけでは正確な結果が得られないことがあります。また、多項式とグリッド ポイントが多い場合は、多岐にわたるイレギュラリティを統計的に解析できる実用的な公差解析手法 (モンテカルロ公差解析法など) がありません。
ダイヤモンド切削に起因するイレギュラリティでは、製造プロセスによって回転対称の中空間周波数が発生すると予測できます [3]。この記事では、公差解析のようにパラメータを変えながら実行する計算処理に使用できるユーザー定義面を、複数の面を組み合わせて構成する方法を紹介します。
ここでは次の式を提案します。
この式には、3 つの成分として、左から右の順に、見慣れた偶数次非球面成分、ゼルニケ成分、周期的成分があります。ゼルニケ成分は、ゼルニケ多項式を使用したゼルニケ標準サグと同じです。ゼルニケ多項式は、単位円上で互いに直交する多項式の数列です。周期的成分は、面に追加した、一定の周期と振幅を持つ振動です。OpticStudio のインストール時にサンプル DLL として提供されるネイティブの "us_eaperiodic.dll" と形態的には同じです。
中空間周波数の式は、周期的成分によってゼルニケ標準サグを拡張した式と考えることができます。この式の各値は次のとおりです。
- z : 面のサグ
- r : レンズ ユニットで表した半径方向の光線座標
- c : 曲率
- k : コーニック定数
- i : i 次の非球面の係数
- N : 級数に存在するゼルニケ係数の数
- Ai : ゼルニケ標準多項式の i 次の係数
- ρ : 正規化した半径方向の光線座標
- φ : 光線の角座標
- A : 周期項の振幅
- ω0 : 周期項の周波数 (単位は長さの逆数)
- φ0 : 位相シフト (レンズ エディタでは度単位で入力しますが、式の評価ではラジアンに変換されます。)
中空間周波数の不整面の実装
中空間周波数の不整面を実装する方法を示すために、この記事の添付資料に収録されたファイル "SpatialFrequency_implementation.zar" を使用します (記事冒頭のダウンロードから入手可能)。
または、"us_zernike+msf.dll" を展開して、{Zemax}\Documents\Zemax\DLL\Surfaces のドキュメント フォルダに保存する方法もあります。
この記事で提案している中空間周波数の不整面に関する設定をいくつか検討してみます。通常のユーザー定義面の場合と同様に、まず中空間周波数のイレギュラリティを設定する面のプロパティを開き、その面タイプを [ユーザー定義] (User Defined) に変更します。[面 Dll] (Surface DLL) として "us_zernike+msf.dll" を選択します。
面に DLL を実装すると、検討対象とするパラメータを確認できるようになります。次の図に示すように、非球面項は 16 次までで、それに周期的な半径方向のサグを表す 3 つのパラメータである A、w0、phi0 が続きます。周期的な半径方向のサグの次にゼルニケ パラメータを定義して、このユーザー定義面が完成します。
ユーザー定義面 "us_zernike+msf.dll" は、ゼルニケ標準サグおよび別のユーザー定義面 "us_eaperiodic.dll" を基にしています。したがって、これら 2 つの面を、ここで提案している新しい面と比較検討することにします。
まず、"us_eaperiodic.dll" と、今回の中空間周波数の不整面 "us_zernike+msf.dll" を確認します。これら 2 つの面を完全に同じ設定にして、全面的に周期的なユーザー定義 DLL との整合性を確認します。比較には次の値を使用します。
- 振幅 A = 0.01 mm
- 周波数 w0 = 1 周期/mm
- 位相シフト φ0 = 0.01 度
左側の中空間周波数の不整面 "us_zernike+msf.dll" (青色のハイライト) と右側の周期的な面 "us_eaperiodic.dll" (橙色のハイライト) が、同じ面サグ プロファイルを持つことがわかります。
同様に、ゼルニケ標準サグ面と、今回の中空間周波数の不整面 "us_zernike+msf.dll" を確認します。これら 2 つの面を完全に同じ設定にして、ゼルニケ項との整合性を確認します。
- Zernike Decenter X = 0.2
- Zernike Decenter Y = -0.1
- Zernike 1 = 1.00E-003
- Zernike 2 = -4.00E-003
- Zernike 3 = -2.00E-003
- Zernike 4 = 1.00E-003
- Zernike 5 = 5.00E-004
- Zernike 6 = 1.00E-004
- Zernike 7 = 2.00E-003
- Zernike 8 = 1.00E-003
- Zernike 9 = -5.00E-003
- Zernike 10 = 1.00E-003
左側の中空間周波数の不整面 "us_zernike+msf.dll" (青色のハイライト) と右側のゼルニケ標準サグ (橙色のハイライト) が、同じ面サグ プロファイルを持つことがわかります。
中空間周波数の不整面が、周期的な面とゼルニケ多項式の特性を併せ持つこと、そして当然ながら標準の非球面プロファイルも持つことを問題なく想定できます。参考として、ゼルニケ多項式のイレギュラリティおよび周期的なリップル状のイレギュラリティが併存する面の例を示します。
DLL のプログラミングとコンパイルについては、この記事では触れません。詳細は「How to compile a User-Defined DLL」を参照してください。
DLL は記事の添付ファイルに収録されています。
簡潔で周期的な面 "us_eaperiodic.dll" は、そのソース コード "us_eaperiodic.c" とともに、OpticStudio のインストール時に {Zemax}\Documents\Zemax\DLL\Surfaces フォルダに保存されています。
使用例 1 :非球面シングレット レンズのスポット ダイアグラム
この例では、中空間周波数の不整面によるスポット ダイアグラムを確認します。この記事の添付資料に収録されているファイル "SpatialFrequency_spotDiagrams.zar" を使用します。
物体高を 5 mm、物体からレンズ前面までの距離を 100 mm として非球面シングレットを設計します。レンズの後面から 160 mm の位置を焦点とします。
- 標準面,
- ゼルニケ標準サグ面,
- "us_zernike+msf.dll" による中空間周波数の不整面を使用したゼルニケ面。中空間周波数のイレギュラリティを持つゼルニケ面のゼルニケ パラメータは、ゼルニケ標準サグ面と共通です。
該当の項は次のとおりです。
- 振幅 A = 5.00E-004mm
- 周波数 w0=1 cycle/mm
- 位相シフト φ0 = 0.00 degrees
- Zernike Decenter X = 0.2
- Zernike Decenter Y = -0.1
- Zernike 1 = 1.00E-003
- Zernike 2 = -4.00E-003
- Zernike 3 = -2.00E-003
- Zernike 4 = 1.00E-003
- Zernike 5 = 5.00E-004
- Zernike 6 = 1.00E-004
- Zernike 7 = 2.00E-003
- Zernike 8 = 1.00E-003
- Zernike 9 = -5.00E-003
- Zernike 10 = 1.00E-003
観測の目的で、像面から 40 mm の位置に中間面を配置します。
標準面では、従来から見慣れた回転対称のスポット プロファイルが得られます。ゼルニケ標準サグ面では、ゼルニケ多項式の各項により、若干ゆがんだスポット プロファイルになります。中空間周波数の不整面には、ゼルニケ多項式と同じパラメータのほかに、周期的な成分も存在します。スポット プロファイルには、この性質がリング状に現れていることがわかります。
つづいて、像面に注目します。下図のコンフィグレーション マトリックス スポット ダイアグラムに結像結果を示します。Config 1 が標準面、Config 2 がゼルニケ標準サグ、Config 3 が中空間周波数の不整面による結像です。
標準面にはイレギュラリティが認められず、これを公称性能と見なします。ゼルニケ標準サグ面では、スポットが若干変形しています。中空間周波数の不整面では、ゼルニケ多項式による形状の多くが引き継がれていますが、面上に形成されたリップル形状により、ゼルニケ プロファイルを中心として光線が散乱しています。リップル型のイレギュラリティを持つレンズには、面の設計仕様と一致しない部分が発生することが想定できます。上記の結果が示すように、光線の方向は、意図した経路から若干異なるものになっています。
使用例 2: テッサー対物レンズの公差解析
この例では、よく知られたテッサー対物レンズを使用して、中空間周波数の不整面の公差解析を確認します。この記事の添付資料に収録されているファイル "SpatialFrequency_tol.zar" を使用します。
Paul Rudolph (USP721240) [4] によって設計された古典的なテッサー レンズ光学系の第 1 面に、中空間周波数の不整面を適用します (下図の橙色のハイライト部分)。
公差解析を設定するために、次の設定で公差解析ウィザードを使用します。
OpticStudio では、公差解析オペランド TEZI を使用することで、それぞれ軸上にアパチャーを持つ標準面、偶数次非球面、トロイダル面のイレギュラリティを対象として、公差解析を自動的に実行できます。その他の形状については TEZI を使用できないため、面のパラメータに対して TPAR を使用します。ポリゴン オブジェクトや STEP、IGES などの CAD ファイルには、このオペランドを使用できません。
使用する値は次のとおりです。
- 振幅A = 5.00E-004mm
- 周波数 w0=1 cycle/mm
- 位相シフト φ0 = 0.00 degrees
- Zernike Decenter X = 0.2
- Zernike Decenter Y = -0.1
- Zernike 1 = 1.00E-003
- Zernike 2 = -4.00E-003
- Zernike 3 = -2.00E-003
- Zernike 4 = 1.00E-003
- Zernike 5 = 5.00E-004
- Zernike 6 = 1.00E-004
- Zernike 7 = 2.00E-003
- Zernike 8 = 1.00E-003
- Zernike 9 = -5.00E-003
- Zernike 10 = 1.00E-003
この設定は、面全体でゼルニケ項に対する約 5 ミクロンの RMS 誤差と、最大振幅が約 0.5 ミクロンで、1 周期/mm (面全体で 20 周期) の周期的な誤差に相当します。
公差解析を実行する前に、公差解析パラメータのいくつかを調整する必要があります。まず、中空間周波数を設定するユーザー定義面 "us_zernike+msf.dll" は、TEZI で対応できる面タイプではないことから、面 1 のオペランドを削除して TPAR に置き換える必要があります。TPAR は、面のパラメータ値の公差を直接計算するオペランドです。
たとえば、TPAR(1,9) は、最初の面 (面 1) での振動の振幅 (パラメータ 9) を直接指定します。同様に、TPAR(1,10) は振動の周期を参照します。TPAR(1,16) から TPAR(1,25) は、中空間周波数の不整面のゼルニケ項です。エディタに表示されているように、公称値はゼロまたはきわめて小さい値であり、モンテカルロ解析を反復するたびに、この値から増加するように公差解析が設定されています。
感度解析によると、上記の TPAR(1,9) が、最も性能に悪影響を及ぼすパラメータの 1 つであることがわかります。面のリップル状イレギュラリティの振幅が大きくなるほど、光学系の性能劣化が顕著になります。また、二乗平均平方根法に基づく RMS スポット半径の推定値も確認できます。
この公差解析は、RMS スポット半径を判定基準、後方焦点距離を最適化の対象として、1,000 回のモンテカルロを実行するように設定されています。
添付ファイルには、この特定条件による実行結果である "MC_BEST.ZMX" と "MC_WORST.ZMX" が参考として付属しています。
この結果から、パラメータによって光学系の性能が劣化する状況があることを確認できます。当然のことながら、公差パラメータは、妥当な値に設定するか、その前の繰り返しで得られた妥当で、より優れた値に設定する必要があります。部品の製造元が、類似する部品のデータを提供したり、発生する可能性が高いイレギュラリティの形態を予測したりできることもあります。設計を確定する前に、これらの情報を検討することは、レンズ設計プロセスに不可欠な手順です。
使用前の注意点
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使用実績が多いネイティブ面に対しては、大きな入射角で入射する光線の追跡が考慮されていますが、周期的な構造の部分に対しては、この計算が用意されていません。そのため、正確な結果が得られない状況が存在します。大きい入射角で光線が入射する代表的な状況として、広角対物レンズの第 1 面があります。今回紹介した DLL 面では、このような光線を追跡できません。
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屈折率が高い材料から低い材料への射出面では、リップル面上で全反射 (TIR) が発生し、光線追跡が停止することがあります。
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今回提案の DLL 面では回折が考慮されていないことから、イレギュラリティの周期がきわめて小さく、その寸法が波長に近い値であると、結果が不正確になることが考えられます。
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モールド成形したプラスチック製光学部品では、形状に アンダーカット があっても光線追跡は可能ですが、現実的ではありません。
References
[1] Diamond turning an acrylic dome (YouTube)
[2] J. E. Harvey and A. Thompson, Proc. SPIE 2576
[3] R. N. Youngworth and B. D. Stone, Applied Optics 39(13)
KA-01863
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