分光器の構築法 - 公差解析

分光法は、細胞組織、プラズマ、材料の研究に使用できる、最も強力な非侵襲測定法のひとつです。この記事では、市販の光学エレメントを使用して構築したレンズ - グレーティング - レンズ (LGL) 分光器の公差解析を実行する方法、その組み立て公差と製造公差を補償する方法について解説します。

著者 Lorenz Martin

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Introduction

公差解析に関するトピックは多岐にわたり、光学装置の公差解析にはさまざまな方法があります。この記事で検討する手法は、分光器の実験室環境で実施する組み立てに関連する重要なパラメータの特定と、レンズの製造公差に関連する重要なパラメータの特定を目的としています。

分光器およびその公差解析の準備

公差解析で検討する分光器は、波長 880 nm で 50 nm の測定帯域を持つレンズ - グレーティング - レンズ (LGL) 分光器です。これは光干渉断層撮影 (OCT) 用に設計されています。設計と最適化についてはナレッジベースの記事「 分光器の構築法 - 実装」で解説しています。この分光器の構成を次の図に示します。

 

 

この分光器は、光学部品を支持する光学テーブルを使用した光学ブレッドボード上に設定します。したがって、公差解析に関連して次のような疑問が生じます。

  • 分光器の各エレメントを光学ブレッドボード上で組み立てた場合、分光器の性能にどのように影響するか。
  • 光学エレメントの製造公差は、分光器の性能にどのように影響するか。
  • 性能劣化を低減または補償するにはどうすれば良いか。

 

公差解析に使用するレンズ ファイルの作成

この記事に添付されたサンプル ファイル Spectrometer_tolerancing.zar を開き、レンズ ファイルを確認します。公差解析のプロセスで最初に実行する手順は、すべての変数パラメータと主光線ソルブを固定値に変更し、半径を円形アパチャーに変換する作業です。

 

 

この手順が完了した後、公差解析の第 1 段階である組み立て公差の解析に進みます。

 

組み立て公差

簡単にいうと、公差解析のプロセスでは、光学系を構成する光学エレメントのパラメータ値を OpticStudio で変更し、光学系の性能にどの程度の影響があるかを計算します。したがって、OpticStudio に対して指定する必要がある情報が 2 種類あります。ひとつは、光学系の性能を単一の数値に要約する評価関数であり、もうひとつは、解析で考慮するパラメータとそれに付随する公差を指定する公差解析ファイルです。

 

評価関数

ここで取り上げる分光器の性能は、1 つの波長のエネルギーが 1 つのピクセルにどの程度集中しているかを表す 1 つのパラメータで決まります。[最適化] (Optimize) タブからメリット ファンクション エディタを開き、この目標を次のように設定します (または、ファイル Tolerancing_DENF.MF を開きます)。

 

 

この光学系の 3 つの基準波長 (865 nm、880 nm、905 nm) に対して、5 µm 幅 (ライン カメラのピクセル サイズに相当) のスリットに存在するエンクローズド エネルギーの割合を計算する DENF オペランドを使用します。これら 3 つの値の合計を OSUM オペランドで計算します。また、公称性能を基準としたエネルギー損失の割合 (%) を DIVB オペランドで計算するように設定します。DIBV オペランドの Factor 引数 (公称値。図中で赤い四角で囲まれた値) には、OSUM オペランド値の 1/100 の値を手動で入力する必要がある点に注意してください。

 

組み立て公差の定義

評価関数と同様に、公差解析でも、公差解析プロセスで実行するオペランド群を扱います。これらのオペランドは公差解析ファイルに記述されています。公差解析のオペランドは膨大な個数になる可能性があるため、OpticStudio の [公差解析] (Tolerancing) タブにある [公差解析ウィザード] (Tolerance Wizard) を使用して、公差解析ファイルを自動生成すると便利です。ここでは組み立てに関連する公差を検討するので、エレメントの公差 ([エレメントの公差] (Element Tolerances) グループ) であるディセンタとティルトおよび面の公差 ([面の公差] (Surface Tolerances) グループ) である厚みのみを考慮します。

 

 

[OK] をクリックすると、TTHI、TEDX、TEDY、TETX、TETY の各オペランドを記述した公差の一覧が表示されます (これらのオペランドは、公差解析ファイル Tolerancing_assembly.TOL として保存されています)。厚みのオペランド (TTHI) をすべての面に設定しているので、エレメント間の距離に関係しない TTHI (次の図で、赤枠で囲んだ値) を手動で削除する必要があります。

 

 

この作業が完了すると、公差解析を実行できます。

 

公差解析 : 感度解析

[公差] (Tolerance) → [公差解析] (Tolerancing) → [公差解析] (Tolerancing) をクリックすると、多数のオプションを持つウィンドウが表示されます。
[基準] (Criterion) および [モンテカルロ] (Monte Carlo) の各セクションの設定を次のように指定する必要があります。

 

 

[OK] をクリックすると、これらの設定に基づいて光学系の感度解析が実行されます。その結果、多数のテキスト行を記述したテキスト ビューアのウィンドウが表示されます。感度解析では、公差解析ファイルに記述されたすべてのパラメータ値を最小値と最大値まで一定の変分で変更し、その都度、評価関数を再計算します。これらの計算値のすべてが、見出しに続いてテキスト ビューアに表示されます。表示されたファイルを下方向にスクロールすると、より有用な行、つまり最も悪影響を与えている公差 (Worst offenders) の一覧があります。

 

 

この一覧には、評価関数の計算値に基づいて、光学系の性能に最も大きな影響があるパラメータが表示されます。この例で最も悪影響を及ぼすパラメータは、面 0 の厚みです。これは、ファイバーとコリメータ レンズ間の距離です。この距離が 0.2 mm 小さくなると、ディテクタ ピクセルに達する光の量が 80% 以上も減少します。

この行以降にある、悪影響を与えるパラメータも、すべてエレメント間の距離に関連しています。一覧の 8 行目に初めてディセンタに関連するオペランドが現れますが、このオペランドによる光学系の性能劣化は 3% 未満です。

この演習から得られる結論は、分光器を光学ブレッドボード上で組み立てる場合、エレメント間の距離に細心の注意を払う必要があるということです。特に、コリメータ ユニット内部での距離が重要です。ディセンタやティルトをはじめとする他のアラインメント誤差の影響は、それほど深刻ではありません。

 

製造公差

公差解析の第 2 の側面では、光学エレメントの製造公差に関連する性能劣化に注目します。これらの公差は確率論的な特性を持つため、その影響の推定にはモンテカルロ解析を使用します。

 

製造公差の定義

OpticStudio の公差解析ウィザードによる製造公差の設定は決して簡単ではありません。エレメントのデフォルト公差や公差の規定方法がその製造元ごとに異なるうえ、レンズの種類ごとに公差が違う場合さえあるからです。さらに、レンズの公差パラメータには相互に依存性があります。下図のスクリーンショットの設定は、製造元の仕様書に従って選択されたもので、用意されている値すべての平均値です。

 

 

[OK] をクリックすると、85 行で構成する公差解析リスト (Tolerancing_fabrication.TOL も参照してください) が生成されるので、計算不能な一部の公差解析オペランドをここでも削除する必要があります。面 0 の TSTX、TSTY、TIRR (60、35、34 行目) がこのようなオペランドに該当します。

 

公差解析 : 製造公差

公差解析のオプションを下図のように設定して [OK] ボタンをクリックします。

 

 

感度解析とは異なり、公差解析データ エディタに記述したすべてのパラメータがランダムに一括で変更されます。ここでも、モンテカルロ解析の実行 1,000 回ごとの評価関数の計算結果として、結果がテキスト ビューアに表示されます。末尾には、モンテカルロ実行結果の統計解析値が表示されます (実行ごとに任意の値で計算されるので、実際の値がこれらの値と若干異なることがあります)。

 

 

光学エレメントの製造に伴う公差によって、分光器の性能が平均して 27% 低下することがわかります。組み立て公差と製造公差のいずれも大きな影響を及ぼすので、この設定にはコンペンセータが必要です。

 

コンペンセータ

コンペンセータとは、光学設計のパラメータのひとつです。光学系の設定にある他のパラメータに関連する公差の影響を補正するために使用できます。前述の解析から、どのパラメータよりも、ファイバーとコリメータ間の距離が分光器の性能に突出した大きな影響を与えることがわかりました。そのため、正確な調整を実施できるように、キネマティック マウントを使用してファイバーを配置する必要があります。したがって、同じキネマティック マウントをコンペンセータとして使用する必要があることも明らかです。ここでは、これが実現可能な手法であるかどうかを検討します。

 

コンペンセータで使用する評価関数

コンペンセータを使用するには、新しい評価関数が必要です。その理由は、この場合も OpticStudio による公差解析でモンテカルロ解析が実行されますが、そのほかに、実行ごとにコンペンセータを使用して最適化が繰り返されることにあります。最適化のプロセスには長時間を要するので、効率的なオペランドを使用して短時間で収束する評価関数が必要です。この例の光学系では、最小スポット サイズを目標とする標準的な評価関数がこの要件に適しています。次のように最適化ウィザードを設定し、[OK] をクリックします (Tolerancing_spot.MF ファイルを参照)。

 

 

コンペンセータで使用する公差

コンペンセータを使用するには、公差解析ファイルも新たに作成する必要があります。光学系で発生する可能性があるすべての公差を補償する必要があるので、公差解析ウィザードを次のように設定します。

 

 

[OK] をクリックして公差解析ファイルを生成した後、使用しない 80、55、54、13 行目 (面 0 の TIRR、TIRY、TIRX、TTHI) を削除します。つづいて、コンペンセータとする面 0 として先頭に新しい行を追加し、COMP オペランドを設定します (Tolerancing_compensator.TOL ファイルを参照)。

 

公差解析 : コンペンセータ

以上で、公差解析の準備が整いました。まず、コンペンセータを考慮しないモンテカルロ解析を実行します。これは、製造公差に関する前の節と同じ設定を使用して実行します。結果は次のようになります。

 

 

この結果から、組み立ておよび製造公差を補償しないと、評価関数が公称値よりも平均して約 50% 悪化することがわかります。次に、コンペンセータを考慮して同じ解析を実行します。

 

 

モンテカルロ解析の実行ごとに最適化が実行されるので、計算時間が長くなります。最終的に、大幅に改善された結果が得られたようです。


 

公称値に対する評価関数平均値の悪化は約 3% にすぎません。この結果は、製造公差と組み立て公差に起因する性能劣化のほとんどを、ここで選択したコンペンセータ (ファイバーとコリメータ レンズ間の距離) で補償できることを示しています。

モンテカルロ解析の結果の中には、公称評価関数よりも若干良好なものもある点に注目です。その理由は、公称光学系の最適化に使用した評価関数は、エンサークルド エネルギーを目標にしていたことに対し、公差解析で使用した評価関数は、スポット サイズを目標としたことにあります。

この分光器の公差解析により、その光学系の最も重要なパラメータはファイバーとコリメータ レンズ間の距離であることが明らかになりました。したがって、ファイバーはキネマティック マウントを使用して配置する必要があります。ファイバーとコリメータ レンズ間の距離には、光学系の他のすべてのパラメータの公差も補償する効果があります。したがって、この分光器を設定する場合は、このコンペンセータを使用して光学系を調整します。この方針に従えば、組み立て公差と製造公差に起因する光学系の平均的な性能劣化を、最適性能に対してわずか 3% に抑えることができます。

KA-01956

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