Alvarez ズームは、フリーフォーム レンズの横方向移動によって光学ズームを実現する画期的な光学系です。この記事では、Alvarez ズーム レンズの中心となる原理について説明し、Alvarez ズーム レンズの計算と Zemax OpticStudio でのモデル化を紹介します。サンプル ファイルが用意されています。
著者 Ted Churlyaev、Vadim Vlakhko、Li Han Chan (DynaOptics LCC)
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Alvarez ズーム レンズとは
従来のズーム レンズの動作原理はご存じかもしれません。いくつかのレンズ エレメント群を配置した光学系で、事前定義した距離だけそれらを光軸上で移動することにより、光学系全体の焦点距離 (ズーム倍率で決まる焦点距離) を可変できます。
Alvarez ズーム レンズでは、Alvarez レンズと呼ばれるレンズのペアを配置し、それらのレンズ エレメントを互いに横方向に移動することにより、光学系の焦点距離を可変とします。
従来のズーム レンズと Alvarez ズーム レンズの大きな相違点は、従来の光学系ではレンズが光軸上を移動することに対し、Alvarez 光学系ではレンズが光軸に対して直角方向に移動することにあります。この特徴から、スマートフォンのような薄型構造への応用で Alvarez ズームが有望です。
図 1 : 従来の光学ズーム レンズ (左) と Alvarez ズーム レンズ (右)
図 2 : Alvarez ズームの一般的な構造と従来の光学ズームとの比較
Alvarez ペアの動作原理
Alvarez ズームの動作を理解するには、まず Alvarez ペアに注目します。Alvarez レンズのそれぞれは、対称面が 1 つのみのフリーフォーム光学エレメントです。
図 3 : Alvarez ペア (www.spiedigitallibrary.org より)
以下の図を見ると、Alvarez ペアのそれぞれが、面上の場所によって光学パワーが異なる光学エレメントであることがわかります。Alvarez レンズのそれぞれが横方向に移動すると、Alvarez ペアとしての光学パワーが変化します。
図 4 : Alvarez ズーム レンズの一般的な動作原理
Alvarez ズーム レンズの近軸モデル
ここで取り上げる Alvarez ズーム レンズで中心となる部分は、アフォーカルのガリレオ光学系です。1 番目の Alvarez ペアはガリレオ光学系の対物レンズを構成し、2 番目の Alvarez ペアはアイピース レンズを構成します。
このガリレオ光学系の倍率は次の式で表すことができます。
M = -f1/f2
f1 は対物レンズの焦点距離、f2 はアイピースの焦点距離です。Alvarez ズーム レンズでは、対物レンズとアイピースが Alvarez ペアであり、焦点距離 f1 と f2 を変えることができるので、光学系全体の倍率を連続的に可変してズーミングできます。
ガリレオ光学系はアフォーカル光学系なので、センサ面に結像するために、焦点距離が一定で変化しない光学部品であるベース レンズを使用します。
図 5 : Alvarez ズーム レンズの近軸レイアウト
各光学部品の焦点距離は次の式で計算できます。
例としていくつかの数値をこの式に代入し、最初の近軸モデルを計算します。
FOV (視野) : 顧客からの要件として、たとえば広角の 70 度とします。
HFOV : FOV の半値です。
センサ サイズ :たとえば、1/3.06 インチ センサを選択します (対角像高 = 2.933 mm)。
ズーム比 : 望遠端の有効焦点距離 ()/広角端の有効焦点距離 (
).の値です。
ここでは 3 倍のズーム レンズとします。
広角端の有効焦点距離 :
望遠端の有効焦点距離 :
望遠端での HFOV :
したがって、望遠端での FOV は約 26 度になります。
手始めに t = 20 mm、d = 5 mm として、広角位置と望遠位置での各部品の焦点距離を計算します。
これで、この近軸モデルに必要なパラメータがすべて揃いました。
Zemax OpticStudio による Alvarez ズーム レンズのモデル化
1 番目と 2 番目の近軸グループを実際の Alvarez レンズに変換します。最初の手順としては、拡張多項式を使用すると便利です。次の式を使用すると、Alvarez ペアのサグを計算できます。
は、Alvarez ペアでのレンズの横方向移動によって得られる Alvarez ペアの光学パワーです。
A は拡張多項式の係数です。
δは Alvarez ペアでのレンズの横方向移動量です。この移動量がゼロであると、Alvarez ペアは、光学パワーがない単なる平面プレートになるので、δはゼロではない値にする必要があります。
各 Alvarez ペアで広角位置におけるレンズの横方向移動量を 1 mm として、δ1w = 1 mm、δ2w = 1 mm を設定します。
Zemax OpticStudio に用意されている APEL 社のカタログから、レンズの材料として光学プラスチック APL5014CL を選択します。屈折率 n は 1.5445 です。
このデータを使用して、拡張多項式の係数 A を計算します。
1 番目の Alvarez ペアでは次のようになります。
2 番目の Alvarez ペアでは次のようになります。
望遠位置で各 Alvarez ペアのレンズに必要な横方向移動量は次のように計算できます。
は焦点距離の逆数であることから、次の値が得られます。
これで、この Alvarez ズーム レンズを Zemax OpticStudio でモデル化するためのデータがすべて得られます。
図 6 : OpticStudio での Alvarez ズーム レンズのモデル化 : レンズ データ エディタ (左側)
Alvarez レンズの横方向移動をモデル化するには座標ブレークを使用します。2 番目の座標ブレークのそれぞれで、座標系がブレーク前の座標系に戻ります。
計算を簡潔にするために、ここではベース レンズを近軸レンズとしています。
すべての拡張多項式面は項数を 9 とします。正規化半径は 1 とします。1 番目の Alvarez ペアでは、X2Y1 項の係数を先ほど計算した A1 に等しい値、X0Y3 項の係数を A1/3 に等しい値に設定します。同様に、2 番目の Alvarez ペアでは、X2Y1 項の係数を A2 に等しい値、X0Y3 項の係数を A2/3 に等しい値に設定します。
図 7 : OpticStudio での Alvarez ズーム レンズのモデル化 : レンズ データ エディタ (右側)
次に、マルチコンフィグレーション エディタで、上記と同様の Alvarez レンズの横方向移動を設定します。
図 8 : OpticStudio での Alvarez ズーム レンズのモデル化 : マルチコンフィグレーション エディタ
以下の図で、広角のコンフィグレーションと望遠のコンフィグレーションがわかります。
図 9 : OpticStudio での Alvarez ズーム レンズのモデル化 : 3D レイアウト
レンズ データ エディタを見ると、1 番目と 2 番目の Alvarez ペア間の距離が、計算で設定した 20 mm と正確には一致していないことがわかります。計算では各部品を極限まで薄く理想化していましたが、この時点の Alvarez レンズは厚みがゼロではなくなっています。したがって、レンズ データ エディタで Alvarez ペア間の距離を変数として、簡潔なデフォルトの評価関数を挿入し、変数が 1 つのみの最適化を実行しています。その結果、元の 20 mm が 18.2644 mm になっています。
ディセンタを適用した拡張多項式面を使用しているので、Zemax OpticStudio で計算した近軸値の EFFL は正しくありません。この光学系の焦点距離を計算するには、光軸に十分近い実光線を使用します (以下の図を参照)。
図 10 : Alvarez ズーム レンズの焦点距離を計算する方法
σとhがわかっていれば、光学系の有効焦点距離を容易に計算できます。メリット ファンクション エディタでこの計算を実行すると、広角のコンフィグレーションの焦点距離として 2.135 mm、望遠のコンフィグレーションの焦点距離として 6.306 mm が得られます。これらの値は目標値にきわめて近いので、この光学系が正しく機能することがわかります。
図 11 : OpticStudio での Alvarez ズーム レンズのモデル化 : メリット ファンクション エディタ
このモデルは近軸モデルなので、光線の角度が小さい条件下でのみ、ある程度の正確さが得られます。視野全体で収差を補正するには、適切な項を拡張多項式面に追加したうえで、光学系を最適化する必要があります。
ここで説明した Zemax モデルでは入射瞳径を 2 mm に設定しています。実際のところ、この値であればプロット上で Alvarez ペアの形状がわかりやすいことから、単に見やすさの観点でこの値を選択したにすぎません。広角のコンフィグレーションで F ナンバーが 1 になるように入射瞳径を計算することは容易です。しかし、これは極端な設定であり、このように大きなアパチャーで収差を補正することは困難を伴います。まず小さいアパチャーで最適化を進めることをお勧めします。当然のことながら、最適化の最後では、F ナンバーに対する顧客からの要求を満たす値を実現する必要があります。
このモデルでは、光学系の前に開口絞りを置くことが考えられます。しかし、設計の途中で、光学系内部に開口絞りを置くことが妥当と判明することもあり得ます。その場合は、必ずレイ エイミングを有効にします。
実際のプロトタイプ
Alvarez レンズは 1967 年に考案されていますが、その技術的構想を当時の製造技術の水準で実現することは、とてもでもありませんが不可能でした。このように複雑なフリーフォーム光学エレメントを製造するには、現在の最先端製造技術の登場を待たねばなりませんでした。以下の左の写真は、樹脂成形技術を使用して製造した Alvarez レンズです。右の写真は、DynaOptics による Alvarez ズーム レンズのプロトタイプです。
Alvarez ズーム レンズまたはフリーフォーム光学系に興味をお持ちであれば、DynaOptics の Churlyaev (ted@dynaoptics.com) または Vlakhko (vadim@dynaoptics.com) までお問い合わせください。
図 12 : プラスチック製の Alvarez レンズ (左) と Alvarez ズーム レンズのプロトタイプ (右)
参考文献
- Patent US10082652B2“Miniaturized optical zoom lens system”
https://patents.google.com/patent/US10082652B2
- Paul J. Smilie, Thomas J. Suleski, Brian Dutterer, Jennifer L. Lineberger, Matthew A. Davies,“Design and characterization of an infrared Alvarez lens”.
https://www.spiedigitallibrary.org/ContentImages/Journals/OPEGAR/51/1/013006/FigureImages/OE_51_1_013006_f001.png
- https://www.dynaoptics.com/
KA-01985
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