この記事では、OpticStudioを使用して回折光学エレメント (DOE) とメタレンズを設計するプロセスを簡単に紹介します。位相プロファイルとローカル グレーティングの概念を取り上げます。添付資料では、特殊な DOE またはメタレンズの設計手法に効果的な DLL のいくつかについても説明しています
著者 Michael Cheng
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この記事では、回折光学エレメント (DOE) とメタレンズの設計プロセスを紹介します。その主な目的は、この設計プロセスに初めて触れる設計者に、OpticStudio で使用できる各種手法を理解するための着手点を提供することにあります。
DOE やメタレンズを使用した光学系のシミュレーションと設計には手間を要します。すべての状況を扱うことができる汎用的な手法はありません。設計では、状況ごとに方針を判断する必要があります。2 種類の光学理論と光学アルゴリズムを使用して、自由空間と微細構造でのビーム伝搬を別々に扱うことが必要な設計プロセスが多数あります。[1-3] 一方、光線追跡のみで目的を達成できる設計プロセスもあります。 [4]
この記事では、考えられるいくつかの設計手順の簡単な説明から始めます。その後で、自由空間および DOE やメタレンズにおける位相プロファイルと伝搬の手法の概念を詳しく取り上げます。最後の節では、特殊な位相プロファイルの設計向けにカスタマイズした有用な DLL をいくつか紹介します。
シミュレーション技術は急速に進歩しているので、使用できる手法の中には、この記事で触れていないものがあることも考えられます。新たな情報や要望をお持ちの場合は、いつでも当社にご連絡ください。いただいた情報に基づいて、この記事を適宜改訂いたします。
1. 設計プロセス
この節では、広く使用されている設計プロセスのいくつかを簡単に説明します。参考文献や事例も随時紹介します。
1.1 位相プロファイル→微細構造→実験による検証
このプロセスは、光線追跡手法を使用して、DOE やメタレンズに必要な位相プロファイルを設計する手順から始めます。つづいて、得られた位相プロファイルに基づいて微細構造を設計します。このプロセスのフローチャートを図 1 に示します。このチャートでは設計の詳細は扱っていません。たとえば、微細構造として、従来からあるブレーズド グレーティングもあれば、最新のメタレンズもあります。設計と製造に必要な手法は、微細構造の種類に応じて大幅に異なることがあります。
参考文献 [5] では、所定の位相プロファイルからブレーズド グレーティングを生成する例を取り上げています。また、単結晶ダイヤモンド切削装置による製造についても説明しています。ナレッジベースの記事「回折光学エレメントのサグを求めるマクロ」には、ブレーズド グレーティングを生成するマクロが用意されています。図 1 の光学系の例が、添付資料の「phase profile example.zar」にあります。また、参考文献 [3] では、Lumerical FDTD ソフトウェアを使用して所定の位相プロファイルのメタレンズを設計する方法を説明しています。
この手法の短所は、光学系全体の性能確認ができないことがある点です。たとえば、すべての回折次数を考慮した点像強度分布関数 (PSF) を確認する方法はありません。同様に、非動作次数の回折光線は追跡できますが、回折効率は計算できません。したがって、迷光経路での出力比を知る方法はありません。
図 1 : OpticStudio による DOE/メタレンズの設計で考えられるワークフロー
1.2 位相プロファイル→微細構造→ POP と FDTD による検証
すでに説明したプロセスには、光学系の性能を製造前にシミュレーションできないという短所がありました。この短所に対処するには、FDTD と組み合わせた物理光学伝搬 (POP) を使用して PSF を正確に計算します。この方法は、主に平坦なメタレンズの設計で使用します。Zemax OpticStudio には FDTD エンジンが用意されていませんが、参考文献 [3] には、この目的のために Lumerical FDTD と Zemax OpticStudio を統合する方法が示されています。このプロセスの注目点を図 2 に示します。
メタレンズ 1 枚のみの光学系であれば、Lumerical FDTD でメタレンズへの平面波面入射から直接開始できます。メタレンズを通過した後の電界出力を ZBF ファイルとしてエクスポートし、それを OpticStudio の POP にインポートして最終的な PSF を評価します。
一方、2 枚のレンズの間にメタレンズを配置した光学系で、入射ビームが平面波面でない場合は、POP で平面波によるシミュレーションから開始します。POP で、このビームがメタレンズの前面まで伝搬するようにして、結果を ZBF ファイルとしてエクスポートします。その ZBF を光源として FDTD にインポートし、光線がメタレンズの中を伝搬するようにします。以降のプロセスは、すでに説明したプロセスと同じです。
このプロセスの短所は、多大な演算リソースを必要とすることから、FDTD エンジンでは寸法が大きいレンズを処理できないことです。また、この手法でシミュレーションできるのは、個々の視野位置ごとの PSF のみです。画像シミュレーションや周辺光量比のような解析は不可能です。
図 2 : 図 1 のワークフローの機能強化製造の前に、設計段階で POP と FDTD を使用して最終的な PSF を確認できます。
注意 : 現在、RCWA を使用して DOE の回折効率を正確に計算する可能性を追求しています。これが実現すれば、光線追跡エンジンを使用しながら、光学系全体の性能を解析すると同時に、画像シミュレーションと迷光解析を実行できる理想的な手法となります。これによって、POP と FDTD の組み合わせでは寸法が大きい DOF を扱うことができないという制限を解決できます。このプロトタイプの試験に興味をお持ちであれば support@zemax.com までご連絡ください。
1.3 DOE のサグのパラメータ化→ FFT/ホイヘンス PSF による光線追跡
位相プロファイルを使用して DOE を表現する代わりに、詳細なブレーズド サグをシーケンシャル モードで直接モデル化し、従来の光線追跡エンジンおよび FFT やホイヘンス PSF などの解析によって DOE を設計することもできます。この手法は、DOE のフィーチャーが光線の波長スケールに近すぎないサイズである場合にのみ使用できます。そのようなサイズでは、ベクトル回折の効果が強くなります。このことから、この方法はメタレンズには適していません。参考文献 [4] に良い例が示されています。この例では、フレネル レンズに似たブレーズド構造を生成する式によって DOE のサグを記述しています。
この手法には、フィーチャー サイズの制限があるほか、OpticStudio に用意されている機能を強化するために、設計段階でいくつかのツールのカスタマイズが必要になることがあるという短所もあります。たとえば、参考文献 [4] にあるようなブレーズド サグをネイティブでサポートするシーケンシャル面が現時点では存在しません。この独特な面のサグをモデル化するには、独自のシーケンシャル面の DLL を作成する必要があります。また、現在の OpticStudio では、たとえば Y-Z 平面などの断面での PSF を表示できません。さまざまな Z 位置で PSF をスキャンし、参考文献 [4] にあるようなプロットを作成するにはマクロが必要です。
DLL を使用してシーケンシャル面をカスタマイズする場合は、次のナレッジベースの記事が良い出発点になります。
OpticStudio のカスタム DLL: ユーザー定義の面、オブジェクト、その他の DLL タイプの概要
1.4 DOE のサグのパラメータ化→ POP
前項で説明した手法と同様に、OpticStudio でバイナリ状のサグをモデル化することにより、フレネル ゾーン プレートをシミュレートできます。ただし、このタイプの DOE では光線追跡エンジンが良好に機能しません。DOE の面に傾斜がないことから、DOE に垂直に入射する光線の方向は変化しません。しかし、実際には、垂直入射したビームは、適切に設計したフレネル ゾーン プレートによって焦点を結ぶことができます。OpticStudio では、この効果を POP で扱います。
参考として、フレネル ゾーン プレートに POP を使用した例のファイル「Fresnel Zone Plate Phase Type.zar」がこの記事に添付されています。図 3 に示すように、この光学系では、平行光線としたビームがガラス プレートに入射します。このガラス プレートの後面には、フレネル ゾーン プレート面タイプを使用して同心バイナリ構造が形成されています。光線の伝搬方向が変化せず、ビームが物から像面まで平行光線のままで伝搬することが [レイアウト] (Layout) ウィンドウでわかります。
この種類の構造では、レンズの最大許容直径は、入射ビームのコヒーレント度とレンズの焦点距離によって厳密に決まります。ゾーン プレート レンズの設計原則は、ここでは扱いません。
図 3 : フレネル ゾーン プレートを使用した光学系のレイアウト
しかし、POP 解析を使用して同じ構造をモデル化すると、図 4 に示すように、ビームが像面で結像することがわかります。ここでは、ウエスト サイズが 2.6 mm のガウシアン ビームが、約 0.4 mm のウエスト サイズのスポットに結像します。このタイプの構造は POP を使用してのみシミュレートできることを、この例が示しています。
図 4 : フレネル ゾーン プレートの像面上での POP 結果
POP はスカラ回折理論に基づいているので、フィーチャーのサイズが波長より小さいメタレンズには適していません。
2. 位相プロファイル
位相プロファイルは、DOE で広く採用されている設計手法です。その最大の利点は、光線追跡エンジンで無理なく機能できることにあります。したがって、OpticStudio に用意されている各種ツールを有効に利用できます。一方、不利な点は、指定の位相プロファイルから微細構造を導入した後では、現在の OpticStudio で回折効率をネイティブで検討できる手段がないことです。位相プロファイルからは、光線の回折先を計算するうえで十分な情報が得られます。しかし、回折した光線がどの程度のパワーを持っているかに関する情報は得られません。このパワーに関する情報を得るには、回折効率を計算する別のツールが必要です。
眼内レンズの回折面で光線が数次に回折する例を図 5 に示します。位相プロファイルを使用すると、各回折次数の回折光線の方向を容易に知ることができます。図 3 には、回折次数が -1 (赤色)、0 (青色)、+1 (緑色) の各光線が表示されています。現在のところ、回折次数ごとの回折効率は計算できません。言い換えると、各回折次数のスポットがどのようになるかはわかりますが、これらの次数にわたるパワー分布は不明なままです。
Using diffractive surfaces to model intraocular lenses
図 5 : 回折眼内レンズの設計例この回折面はバイナリ 2 面によって作成します。レイアウトにある各光線は DOE によって回折性になっています。-1 次 (赤色)、0 次 (青色)、+1 次 (緑色) の回折光線の光路が示されています。ここに表示されていない回折次数の光線も存在します。
この節では、位相プロファイルの決定、位相プロファイルを使用した光線追跡、微細構造の導き方について説明します。
2.1 位相プロファイルの入手
メタレンズに関する多くの文献では、位相プロファイルについて次の式が広く紹介されています。
しかし、この式が有効なのは視野 (FOV) が小さい場合に限られます。FOV が大きい場合、最良の位相プロファイルを決定するには、いくつかの視野角と波長との間で妥協点を見出す必要があります。次のナレッジベースの記事では、バイナリ 2 のシーケンシャル面を使用して DOE の位相プロファイルを設計する好例がいくつか紹介されています。
Using diffractive surfaces to model intraocular lenses
参考文献 [1] にも、OpticStudio による位相プロファイルの設計に関して、上記と同じ概念を取り上げている節があります。軸外し設計の光学系では、位相プロファイルも非対称になることがあります [2]。その場合は、バイナリ 1 のシーケンシャル面の使用が最良ですが、ゼルニケ標準位相面をはじめとする他の位相面も使用できる可能性があります。
2.2 位相プロファイルと局所的なグレーティングの概念
回折光学系のモデル化については、ナレッジベースの記事「OpticStudio で回折面をモデル化する方法」に詳しい説明があります。この節では、局所的なグレーティングの回折に関する見解と概念を取り上げます。
認識すべき重要な概念は、局所的に一定周期になっているグレーティングの近似です。図 6 の左側の図に示すように、光線を曲面まで追跡すると、その部分で曲面が局所的に平面であると見なされ、スネルの法則に基づいて光線が屈折します。図 6 の右側の図では、曲面上の位置によって周期が異なるグレーティングに光線が到達しています。この場合も、曲面は局所的に平面と見なされ、グレーティングの周期も局所的に一定と見なされます。位相プロファイルで表現した DOE が光線追跡で機能できる様子を理解するうえで、この「局所的に周期が一定のグレーティング」による近似は有用な概念です。
図 6 : 通常の面 (左図) と DOE 面 (右図) で追跡した光線
位相プロファイルで記述した面で光線を追跡するには、まず DOE の任意の点における局所的なグレーティングの周期を決定する必要があります。そのためには、次の式で位相プロファイルの導関数を求めます。
この式で計算した周期は、図 7 に示すように xy 平面上に投影した成分である点に注意します。この図から、周期が短くなるに伴い、位相プロファイルの傾斜が大きくなることもわかります。
図 7 : グレーティングの局所的な周期と位相プロファイル
位相プロファイルからグレーティングの周期を決定すると、次の回折の式を使用して回折光線の方向を計算できます。
ベクトル演算によって、r2 の解を次のように記述できます
2.3 微細構造
位相プロファイルを設計すると、現実的な微細構造を詳しく導くことができます。位相プロファイルから微細構造を構築する方法には 2 種類がありますが、互いに類似性があります。
通常、メタレンズの設計では、メタ原子の形状とそのメタ原子に起因する位相遅れとの関係を把握します。この関係と指定の位相プロファイルに基づいて、メタ原子を導入します。 [1-3]
一方、従来の DOE 設計の中には、位相プロファイルを度数分布関数と見なしているものがあります。この方法では、周期が半径方向距離の関数となっている、同心の円形グレーティングとして DOE を捉えることができます。[5]
この 2 つの解釈はどちらも、周期が位置によって異なる周期的構造を面上に生成することから、大まかには同一です。主な相違点は、各周期ゾーンにおける構造が異なることです。図 8 は、位相をブレーズド グレーティングまたはメタ原子に変換できることを示しています。メタレンズには設計上と製造上の課題が当面はあるものの、一般的には、より多くの自由度があり、優れた効率や多くの機能を実現できます。
図 8 : 従来のバイナリ グレーティング、ブレーズド グレーティングまたはメタレンズとしてグレーティングを製造できることを示す概念
3. 有用な DLL
まだ OpticStudio ではネイティブでサポートされていない特殊な面タイプを補完するために、いくつかの DLL が用意されています。最新のいくつかの DOE やメタレンズの設計では、これらが有用なことがあります。この記事で紹介しているリンクから、これらの DLL をダウンロードできます。以降の各節では、これらの DLL の使用方法を簡単に説明します。
3.1 us_binary_mix12.dll
この DLL の機能は、ネイティブの面であるバイナリ 1 とバイナリ 2 の混成機能です。サポートされている面は平面のみです。軸外しメタレンズの設計で有用です。添付の Binary2_mix12_demo.zar を開くことで、この DLL を抽出できます。
図 9 : Binary2_mix12_demo.zar ファイルのデモ用光学系のレイアウト
3.2 us_asp30_bin30.dll
ネイティブのバイナリ 2 面と同等ですが、最大で 30 次までの非球面項をサポートしている点が異なります。ネイティブのバイナリ 2 面では、最大で 16 次までのサポートとなっています。高次非球面レンズ上に DOE またはメタレンズを設計する場合に有用です。添付の test_asp30_bin30.zar を開くことで、この DLL を抽出できます。
3.3 us_binary2_metalens.dll
ネイティブのバイナリ 2 面と同等ですが、いくつかの相違点があります。平坦面のみをサポートし、バイナリ位相項は最大で 10 次までです。この面では、さまざまな波長でさまざまな位相プロファイルを使用できます。パラメータ名は Wxry です。x は波長番号を示す整数、y はバイナリ位相項番号の次数を示す整数です。波長ごとに異なる応答 (位相プロファイル) が得られるようにメタレンズを設計する場合に、この面が有用です。波長ごとに挙動が異なるメタレンズとするには固有の設計が必要になる点に注意します。この DLL を使用するには、事前にメタレンズ設計部門との協議が必要です。
図 10 : us_binary2_metals.dll のパラメータの一部
まとめ
この記事では、DOE とメタレンズの設計プロセスとして 4 種類を紹介し、説明しました。位相プロファイルを使用した回折光学系のシミュレーションの概念を詳しく説明しました。また、3 種類の DLL をダウンロードできるように用意しています。これらの DLL は、OpticStudio のネイティブな面タイプでは現時点でサポートされていない特殊な回折光学系をシミュレートできるようにカスタマイズされています。
参考文献
[1] Chen, W.T., Zhu, A.Y. & Capasso, F. Flat optics with dispersion-engineered metasurfaces. Nat Rev Mater 5, 604–620 (2020). https://doi.org/10.1038/s41578-020-0203-3
[2] Faraji-Dana, M., Arbabi, E., Arbabi, A. et al. Compact folded metasurface spectrometer. Nat Commun 9, 4196 (2018). https://doi.org/10.1038/s41467-018-06495-5
[3] https://support.lumerical.com/hc/en-us/articles/360042097313-Metalens-Zemax-Interoperability
[4] Anna Nemes-Czopf, Dániel Bercsényi, and Gábor Erdei, "Simulation of relief-type diffractive lenses in ZEMAX using parametric modelling and scalar diffraction," Appl. Opt. 58, 8931-8942 (2019)
[5] RIEDL, Max J., “Diamond-turned diffractive optical elements for the infrared: suggestions for specification standardization and manufacturing remarks”, SPIE Vol 2540 / 257
KA-01987
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