この3つの記事のシリーズは、OpticStudioシーケンシャルモードのインターフェイスに関する紹介など、新しいユーザーへの入門を目的としています。 記事ではシングレット レンズを例に、光学系システムの構築(パート1)、光学パフォーマンスの分析(パート2)、必要な設計仕様と制約に対する最適化(パート3)を含むレンズ設計の基本プロセスを紹介します。
著者 Dan Hill
序論
シングレット (一枚レンズ) は、OpticStudio で扱うモデルの中では明らかに最も簡潔な結像光学系です。一方で、OpticStudio のインターフェイス入門、設計の基本的な構想と方針の説明、光学性能を最適化して判断する基本的な解析機能の使用方法の紹介では、この簡潔な結像光学系の設計が効果的です。
Part 2では、光学性能の評価に使用できるいくつかの分析について説明します。Part 3では、設計の制約内で光学性能を向上させるためにシングレット レンズを最適化する方法について説明します。
本記事は3つの記事の第1部です。シーケンシャル モードでのOpticStudioユーザー インターフェイスの紹介から始まり、システム エクスプローラーとレンズ データ エディターを使用してシングレット レンズを正しく設定する方法に焦点を当てます。 また、ソルブを使用して設計制約を実施する方法についても説明します。
パート2では、システムのパフォーマンスを評価するために使用できる分析について説明します。パート3では,設計上の制約内でパフォーマンスを向上させるためにシングレットを最適化する方法について説明します。
序論、レンズのプリスクリプション、および設計制約
ここで実施する演習では、N-BK7 ガラスを材料とした F/4 のシングレット レンズを設計して最適化します。最終的な設計解では、以下の仕様と制約を満足する必要があります。
仕様 | 値 |
焦点距離 | 100 mm |
視野半径 (SFOV) | 5 度 |
波長 | 632.8 nm (HeNe) |
シングレット中央部の厚み (c.t.) | 2 mm < c.t. < 12 mm |
シングレット エッジ部の厚み (e.t.) | e.t. > 2 mm |
最適化条件 | 視野全体で平均した最小の RMS スポット サイズ |
物体位置 | 無限遠 |
OpticStudio のユーザー インターフェイスとそこに用意されている各種ツールを使用すれば、このシングレットを容易にモデル化して最適化できます。
レンズ データ エディタ
コンピュータ支援のシーケンシャル レンズ設計では、指定した面の順序に従って、各面から次の面へ順番に光線を追跡します。この順序を指定するために、Zemax OpticStudio ではスプレッドシート形式のレンズ データ エディタ (LDE) を使用します。
OpticStudio を開くと、そのメイン ウィンドウに空白の LDE が表示されます。ワークスペース内のLDEに加えて、開いているウィンドウのタイプを指定するタイトルバー、OpticStudioのすべての機能へのアクセスを提供するメニュー(リボン)バー、および最上部のクイックアクセスツールバーも表示されます。 左側には、現在の設計に関するシステム固有の情報を含むシステム エクスプローラーが示されます。LDE は、レンズ データ入力作業の中心となるスプレッドシートです。ここにある主要なエントリは以下のとおりです。
項目 | 説明 |
[面:タイプ] (Surf: Type) | 面のタイプ ([標準] (Standard)、[偶数次非球面] (Even Asphere)、[回折グレーティング] (Diffraction Grating) など) |
[コメント] (Comment) | 面に固有のコメントを入力するためのオプションのフィールド |
[半径] (Radius) | 面の曲率半径 (曲率の逆数、単位はレンズ ユニット) |
[厚み] (Thickness) | 現在の面の頂点から次の面の頂点までの距離である厚みをレンズ ユニットで表した値 |
[材料] (Material) | LDE に記述された現在の面と次の面を隔てている材料のタイプ (ガラスや空気など) |
[半径] (Semi-Diameter) | 面の半径をレンズ ユニットで表した値 |
LDE の行それぞれが 1 つの面を表しています。シーケンシャルの Zemax OpticStudio では、どの光学系も物体面 (OBJ) で始まり、像面 (IMA) で終了します。物体面と像面のほかに、開口絞り (STO) として 1 つの面を定義する必要があります。
LDE で強調表示されているセルに目的の値を入力してデータを指定できます。強調表示されたバーを目的の列へ移動するには、カーソル キーまたはマウスを使用します。
光学系設定の定義
ほとんどの場合、新規設計に着手して最初に定義するパラメータはシステム アパチャーです。システム アパチャーでは、OpticStudio で光学系全体を通して追跡するビームのサイズを定義するだけでなく、物体面の各視野点を出発する光線に対して、最初の方向余弦も指定します。システム アパチャーは、さまざまなタイプの値で定義できます。その値として、入射瞳径 (EPD)、像空間での F ナンバー、物空間での NA、絞り面半径などがあります。これらの各タイプについては、OpticStudio のヘルプ ファイルで「[設定] (Setup) タブ」→「[システム] (System) グループ」→「システム エクスプローラ」→「[アパチャー] (Aperture)」を選択することで詳しい定義を参照できます。
システム アパチャーとして広く使用されているタイプは入射瞳径です。ここで取り上げている例でも、入射瞳径が最も便利な定義方法です。OpticStudio では、物空間から見た瞳の径をレンズ ユニットで表した値として EPD を定義しています。
シングレット レンズに必要な EPD を容易に求めることができます。すでに説明したように、このシングレット レンズには、F ナンバーとして 4、有効焦点距離として 100 mm が必要です。無限共役での近軸有効焦点距離を近軸入射瞳径で除算した値が F ナンバーなので、以下の式から適切な EPD は 25 mm になります。
OpticStudio のどこでこの値を入力するかを考えます。光学系に特有の各種設定と同様に、システム アパチャーもシステム エクスプローラで制御します。システム エクスプローラを開くには、OpticStudio のメイン メニューで [設定] (Setup) → [システム エクスプローラ] (System Explorer) を選択します。
システム エクスプローラのダイアログを開くと、現在の設計に適切なシステム アパチャーのタイプと値を入力できます。システム エクスプローラの [アパチャー] (Aperture) タブで、[アパチャー タイプ] (Aperture Type) として [入射瞳径] (Entrance Pupil Diameter) を選択し、[アパチャー値] (Aperture Value) として「25」を入力します。
このアパチャー値の単位はレンズ ユニットと見なされます。レンズ ユニットは、OpticStudio のほとんどのスプレッドシート エディタで寸法の単位となります。これらの寸法は、曲率半径、厚み、EPD のデータをはじめとして、OpticStudio のほとんどすべてのパラメータに適用されます。設計に着手する前に光学系の単位を定義しておくことが重要です。光学系のレンズ ユニットが目的の単位であることを必ず確認します。
OpticStudio では、レンズ ユニットとしてミリメートル、センチメートル、インチ、またはメートルを選択できます。ここの設計ではミリメートルを使用します。システム エクスプローラの [単位] (Units) タブで、[レンズ ユニット] (Lens Units) として [ミリメートル] (Millimeters) を選択します。
当面、他の光学系設定は無視し、デフォルトのままとしてかまいません。
OpticStudio での視野の定義
OpticStudio での視野点は、システム エクスプローラの [視野データ] (Field Data) ダイアログで定義します。[視野データ] (Field Data) ダイアログを開くには、システム エクスプローラで [視野] (Field) を選択するか、[設定] (Settings) をダブルクリックします。
OpticStudio では、視野の定義で以下の 4 種類のモデルを使用できます。
視野タイプ | 概要 |
[角度 (度数)] (Angle (Deg)) | 物空間の Z 軸に対して主光線が成す角度を度数で表した値。定義上、主光線は入射瞳の中心を通過するので、入射瞳の中心を基準として視野角を考えます。視野角が正の値である場合は、光線が進行方向に正の傾斜を持っています。したがって、物体上ではその視野角は負の座標位置に相当します。無限共役では、このオプションが最も効果的です。 |
[物体高] (Object Height) | 物体面 (OBJ) 位置での X 方向高さと Y 方向高さ。これらの高さの単位はレンズ ユニットです。無限共役では、このオプションを使用できません。 |
[近軸像高] (Paraxial Image Height) | 像面での近軸像の高さ。カメラの光学系のイメージ センサのようにフレームのサイズが固定されている設計で、このオプションが効果的です。近軸光学で良好に記述できる光学系でのみ、このオプションが有効です。 |
[実像高] (Real Image Height) | 像面での実像の高さ。このオプションも、フレームのサイズが固定された設計で効果的です。なお、このオプションでは、光線追跡の速度がわずかに低下します。像面 (IMA) 上で主光線が占める実光線座標を適切に求めるために、繰り返し演算の手法を使用する必要があるからです。 |
セオドライト角 | 極角度の方位角 θ と仰角 φ を度 (°) で表します。 これらの角度は一般に、測量と天文学で使用されます。 |
このシングレット レンズでは、視野を角度で定義します。HFOV を 1 つの視野で表すのではなく、目的の 5 度の視野の中で (0, 0)、(0, 3.5)、および (0, 5) の 3 つの視野を定義します。
現在のところ、OpticStudio Standard Editionでは[視野データ] (Field Data) ダイアログでは 12 個の視野を入力できます(Professional Edition 及び Premium Editionではより多くの視野が設定できます)。これらの視野ごとに重みを定義でき、主に最適化で効果的です。ここの設計では、すべての視野に対する重みを 1 のままとします。 以下のように、[視野データ] (Field Data) ダイアログの最初の 3 つのエントリに上記の 3 つの視野を入力します。
[閉じる] (Close) をクリックして [視野データ] (Field Data) ダイアログを閉じます。
波長の設定
OpticStudio では、視野データとほとんど同様に波長データを入力します。[波長データ] (Wavelength Data) ダイアログで波長のみを入力します。システム エクスプローラで [波長データ] (Wavelength Data) ダイアログを開くには、[波長] (Wavelengths) を選択して [設定] (Settings) をダブルクリックします。
このシングレット レンズは単色のみの仕様です (扱う波長は 1 つのみです)。当初の仕様によれば、使用する波長は 0.6328 mm で、これは HeNe (ヘリウム ネオン) レーザーの波長です。
[波長データ] (Wavelength Data) ダイアログで、この波長をキーボードから入力できます。また、このダイアログ下部にあるプルダウン メニューから、プログラム済み波長オプションのいずれかを選択して入力することもできます。
デフォルトでは、[F、d、C (可視)] (F, d, C (Visible)) が最初のオプションになっています。ここでは、現在の設計波長を選択します。プルダウン メニューから [HeNe (.6328)] (HeNe (.6328)) を選択してから、プルダウン メニューの横にある [プリセットを選択] (Select Preset) ボタンをクリックします。この波長が自動的に先頭のエントリに置かれます。
OpticStudio では、光学系のレンズ ユニットの設定に関係なく、波長は必ずマイクロメートルの単位で入力されます。OpticStudio では波長に対しても重みを指定して、さまざまな目的で使用できます。この設計では、すべての波長に対する重みを 1 のままとします。[閉じる] (Close) をクリックして [波長データ] (Wavelength Data) ダイアログを閉じると、定義した波長が適用されます。
面の挿入
光学系の設定を定義すると、各面に固有の情報をレンズ データ エディタ (LDE) で入力できます。繰り返しますが、LDE の行それぞれが 1 つの面を表しています。したがって、ガラスで隔てられた 2 つの面で 1 つのエレメントが構成されます。このことから、シングレットでは以下の 4 つの面が必要です。
- 物体面 (OBJ) : 光線が出発する位置
- レンズの前面 : 光線がレンズに入射する位置。この設計は、この位置が絞り (STO) の位置にもなります。
- レンズの後面 : 光線がレンズから空気に射出する位置
- 像面 (IMA) : 光線追跡が終了する位置。LDE では、像面の後にはどのような面も置くことができません。なお、この面を必ずしも実際の像の位置とする必要はありません。
デフォルトで LDE に記述できる面は 3 つのみです。LDE に面を追加するには、キーボードの Insert キーを使用するか、面のエントリを右クリックして表示されるメニューで [面を挿入] (Insert Surface) を選択します。この方法では、強調表示されたカーソルが現在置かれている行の前に面が追加されます。現在の面の後に面を追加するには、Ctrl + Insert キーを押すか、現在の面のエントリを右クリックして [後の行に追加] (Insert After) を選択します。
シングレット レンズの前面には絞りが置かれるので、強調表示されたカーソルを IMA 面の行に置いてから Insert キーを押すことで、レンズの後面となる新たな面を挿入します。
LDE では、各面の役割を継続的に把握するうえで [コメント] (Comment) 列がきわめて効果的です。面のコメントを入力するには、該当のセルを強調表示して、目的のテキストを入力します。入力後は、Enter キーを押すか、矢印キーでカーソルを別のセルに移動します。
別のエントリに移動するときにコメントを入力しておくことをお勧めします。このシングレットでは、LDE の各面に該当するセルに以下のテキストを入力して、面を識別できるようにします。
レンズ データの入力
このシングレットの材料は N-BK7 ガラスです。OpticStudio では、レンズの前面と後面がこの材料で隔てられています。この 2 つの面の間にある材料のタイプを入力するには、LDE の該当するセルに材料の名前 (この例では「N-BK7」) を入力します。
OpticStudio では、組み込みのガラス カタログに記録されている多くの材料から、この材料タイプが自動的に認識されます。このガラス カタログには、世界中の製造元から提供された数百点のガラスに関する所要情報がすべて収録されています。OpticStudio では、そのデータベースから目的のガラスが自動的に検索され、設計波長ごとにその材料の屈折率が得られます。
LDE でガラス タイプを入力すると、シングレットのレンズ厚みを面 1 の [厚み] (Thickness) 列に入力できます。この厚みは、光軸に沿った次の面までの距離なので、レンズ エレメント中央の厚みとなります。手始めに、この厚みとして 4 mm を適用します。25 mm のアパチャーに対しては、この中央厚みが妥当です。面 1 の [厚み] (Thickness) 列に値「4」を入力します。なお、後の最適化では、このパラメータを変数として設定します。
第一面の曲率と、レンズ後面から像面までの厚みを事前に設定しておく必要はありません。これらの値は、上記の厚み同様に、最適化の変数として設定されるからです。当面は、面 1 の [曲率] (Radius) を [無限] (Infinity) のままとして、面 2 の [厚み] (Thickness) を 100 mm に変更します。面 2 の [厚み] (Thickness) 列に値「100」を入力します。
ソルブ
光学設計に制約を導入する際に、それらの制約を保持する方法として以下の 2 種類があります。
- これらの制約に影響するパラメータを変数にして、メリット ファンクション エディタ (後ほど説明します) で境界制約を追加します。
- これらの制約を適用する特殊なソルブを使用します。この方法では、不要な変数を排除できます。
2 番目の方法の方がはるかに優れています。どちらの方法でも、指定の制約が維持されるようにレンズのパラメータを調整できますが、境界制約を使用する方法では評価関数の実行速度が低下する可能性があります。
OpticStudio には多彩なソルブが数多く用意され、それぞれに独自の目的があります。この設計の性能仕様で必要とするソルブは、目的の焦点距離が維持されるように光学系の F ナンバーを設定するソルブのみです。
ソルブのダイアログをアクティブにするには、目的のセルの右にあるセルをクリックするか、そのセルを強調表示してキーボードの Enter キーを押します。ソルブがアクティブになっているパラメータに応じて、使用できるソルブが異なります。
光学系の F ナンバーを維持するには、面 2 の曲率に F ナンバー ソルブを設定します。F ナンバー ソルブでは、光学系の焦点距離を維持できるように光学系最終面の曲率が調整されます。面 2 の [曲率] (Radius) セルの右にあるセルをクリックして、[面 2 の曲率ソルブ] (Curvature solve on surface 2) ダイアログをアクティブにします。[ソルブ タイプ] (Solve Type) プルダウン メニューで [F ナンバー] (F Number) を選択し、その下の [F ナンバー] (F/#) エントリに値「4」を入力します。
キーボードのエンターキーを押して変更を反映させます。
F ナンバー ソルブを設定すると、目的の F ナンバーが維持されるように曲率が自動的に調整されます。言い換えると、レンズのパラメータを変更すると、このソルブが自動的に再計算されます。曲率の横に表示されている文字「F」は、F ナンバー ソルブが設定されていることを示しています。
この時点でシングレット レンズの設定が完了しましたので、次節のシングレット レンズの設計方法 パート2: 解析 へ進み、光学系の性能を視覚化して評価します。
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