この記事では、OpticStudio でカスタム DLL を使用して、偏光の影響を受けるバルク散乱 (偏光感受性散乱) をシミュレートする方法と蛍光をシミュレートする方法について説明します。MSP.dll で定義されたバルク散乱モデル (この記事からダウンロード可能) では、ノンシーケンシャル入射光線の偏光を考慮して、散乱イベントごとに偏光と伝搬方向が変化する様子をシミュレートします。この DLL を使用して、ミー散乱と組み合わせた蛍光をシミュレートすることもできます。生体撮像のモデル化では、蛍光と偏光感受性散乱の両方が重要です。この記事では、MSP.dll のバルク散乱モデルを使用する 7 件の実験を簡単に紹介します。
著者: Guillem Carles, Research Associate at University of Glasgow (グラスコー大学)
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序論
混濁性媒質による光の拡散をモデル化することは、遠隔センサー、水中撮像、大気乱流を通した撮像など、さまざまな分野で重要な課題です。生体撮像用光学系の設計では、混濁性媒質と散乱性の試料を通した光の伝搬をモデル化する必要があることから、このようなモデル化が特に重要です。撮像光学系の正確なモデルがわかっていて、有効で正確な体積散乱のモデルがあれば、OpticStudio のノンシーケンシャル モードがきわめて効果的です[1]。この記事では、カスタム DLL である MSP.DLL の使用方法を紹介します。この DLL では、ミー位相モデルに従ってバルク散乱した光線の偏光を正確にモデル化できます。実装方法の詳細は [1] を参照してください。
散乱のモデル化
混濁性媒質に入射した光ビームは、主に吸収と散乱の 2 つの要因による吸光を受けます [2]。この状態をモデル化するには、まずモンテカルロ シミュレーションを使用して、複数の光線でビームをサンプリングします。これにより、混濁性媒質の中を伝搬する光線に発生する吸収と散乱を検討できます。各光線は、媒質の光学パラメータに基づいて定義された確率で吸収されるか、散乱します。
OpticStudio で使用する吸収のモデル化では、ランベルト - ベールの法則に従って exp(-zµa) の乗数で光線の強度に減衰を適用できます。z は媒質中の伝搬距離、µa は吸収係数です。下図は、これを模式化した図です。左はビームを巨視的に表した図、右は光線追跡によるモンテカルロ シミュレーションです。
ビームを N 本の光線でサンプリングして (この例では、ビーム断面に光線がランダムに分布するようにしています)、各光線に強度 Iray を割り当てます。この強度はビームの強度 I0 を N で除算した値です。各光線は、媒質内を伝搬する間に吸収されます。吸収による吸光度は exp(-µaz) で定義します。
散乱が発生する場合、各光線の強度は保持されますが、伝搬方向は散乱の発生ごとに変化します。その結果、光線がビームから除去されるので、同様に吸光が発生します。その場合は、散乱係数 µs (平均自由光路の逆数。これによって散乱の発生確率が決まります) を使用した式 exp(-µsz) に従って散乱による吸光度が決まります。この様子を下図に示します。
媒質の特性 (粒子のサイズ、屈折率、粒子密度など) によって平均自由光路、散乱の角度依存性、偏光が決まります。得られる散乱モデルでは、光の伝搬方向が変化します。つまり、光が入射ビームとは異なる方向に伝搬します。散乱媒質の特性によって遠視野での強度分布が形成されますが、吸収がないかぎり、散乱した光線では元の強度が維持されます(注 : このモデルが有効であるには、複数の散乱どうしに相互の依存性がないことが必要です)。
したがって、ビームの吸光が発生する原因は、入射時の方向を保持した光線の本数が出力段階で減少することにあります。散乱による新しい伝搬方向は、遠視野の強度分布に一致するように設定した確率分布関数によって決まります。過去の経緯から、この関数は位相関数と呼ばれます。これは、十分な本数の光線を追跡すれば、遠視野での分布を再現できることを意味します。一般的な位相関数の例として、Henyey-Greenstein 位相関数、ミー位相関数、レイリー位相関数があります。
偏光感受性散乱
一般的に、位相関数は入射光線の偏光状態に依存します [2]。実用的で広く使用されている Henyey-Greenstein 位相関数は、生体試料による散乱をシミュレートするきわめて効果的な特性を備えていますが、偏光が考慮されません。散乱シミュレーションの中には、ミー散乱のような、より詳細な物理モデルと同時に、偏光に対する考慮が必要なものがあります。MSP.DLL では、偏光状態 (各光線の電界) を正確に把握しながらミー散乱をモデル化できます。
OpticStudio のノンシーケンシャル ファイルで MSP.DLL を使用するには、バルク散乱のローカル ユーザー データ フォルダ <…\Documents\Zemax\DLL\BulkScatter> に、この DLL を保存し、ノンシーケンシャル体積のオブジェクト プロパティから、この DLL にアクセスします ([オブジェクト プロパティ] (Object Properties) → [体積物理特性] (Volume Physics) → [DLL] (DLL) ドロップダウン メニュー → MSP.dll)。[屈折率 (実数)] (Index refraction (real)) には、デフォルト値であるゼロを上回る値を設定する必要があることに注意してください。
位相関数のプロットを散乱図と呼びます。下図は、さまざまな粒子サイズ (パラメータα) と偏光状態 (パラメータ L。L = 0 は非偏光、L = 1 は直線偏光) におけるミー散乱の例を示しています。この図では、初期の光線が z 軸方向に伝搬しています。その偏光の方向は y 軸方向です。これは、直線偏光でも楕円偏光でも同様です。面は、各方向への散乱確率を表します。散乱後の光線の伝搬方向 (位相関数) が、散乱直前の入射光線の偏光 L に依存していることがわかります。
上記で定義したミー モデルに基づいて発生する散乱イベントによって、光線の偏光も決定論的に変化します。したがって、光線が散乱するに伴って、その電界を更新することが重要です。散乱イベントで偏光を適切に扱い、把握するには、次の 3 つの手順が必要です。
- 入射光線の直線偏光の程度 L を計算します。
- 偏光感受性位相関数を使用して新しい伝搬方向を計算します。
- 散乱した光線の電界 (偏光) を更新します。
OpticStudio の各種バルク散乱モデルでは、偏光を考慮しない場合、散乱後の各光線がランダムに偏光すると仮定します。各光線の電界は、新しい伝搬方向に対して正確に垂直になり、k*E = 0 が成り立ちますが、実際の偏光状態は失われます。
実験
散乱の偏光依存性を評価するために、OpticStudio で MSP.DLL を使用していくつかのシミュレーションを実行しました。
実験 1
最初の実験では、下図のように散乱試料に向けて光線を発射する光源と、試料の上方に配置したディテクタで光学系を構成しました。
この光源を、発生する散乱イベントが 1 回のみになるように (OpticStudio → 光源の [プロパティ] (Properties) タブ)、また平均自由光路がきわめて小さな値 (mfp = 0.001 µm) になるように設定しています。この設定により、光線が試料表面のごく近くで 1 回だけ散乱するようになります。試料の屈折率は 1 であるため、その形状やサイズは実験に影響しません。したがって、ディテクタで記録される強度分布は、試料材料の散乱特性による位相関数に直接依存します。
粒子のサイズには、レイリー領域の散乱が発生するような、きわめて小さい値を設定します。この場合、Rayleigh 散乱には閉形式の単純解が知られていることから [2]、結果を理論と簡単に比較できます。下図は、非偏光または円偏光の入射光線がディテクタ上で示す強度を表しています (左はディテクタ面上のインコヒーレント放射照度分布、右は x=0 の位置で見たプロファイルです)。
ディテクタの垂直方向 (右のグラフでは Y 座標の値) が入射光線の伝搬方向に相当している様子がわかります。ディテクタが入射光線と平行に配置されているからです (前記の実験装置のレイアウトを参照してください)。この配置では、ディテクタのピクセルが張る立体角がピクセルごとに異なるため、予想どおりディテクタの端に近いほど信号が小さくなります。
非偏光に対するレイリー位相関数の理論値を計算すると、このシミュレーション結果と全面的に一致します。
上記左の図は、非偏光のレイリー散乱による位相関数の理論値です。赤色の部分が、この実験で使用したディテクタの角度範囲を表します。したがって、この角度の範囲にある散乱光がディテクタで検出されます (ディテクタは長さが 1 mm で、試料から 0.2 mm の位置に配置されています)。この理論値をディテクタ上に投影した結果を上図の右に示しました。
実験 2
入射光線に垂直方向の直線偏光を適用すると (OpticStudio で、光源オブジェクトの [オブジェクト プロパティ] (Properties) にある [光源] (Source) タブで設定)、次のようにまったく異なる結果が得られます。
上記の右下のグラフに示すように、MSP.DLL によってミー散乱と偏光が正確にシミュレートされ、理論から予想される値と良好に一致した結果が得られます。
実験 3
前の実験では、偏光に対する位相関数の依存性に注目しました。ここでは、散乱による偏光状態の変化に注目した実験を実施します。上記と同じ実験設定で非偏光の入射光を使用しますが、ディテクタのローカル Y 軸方向に偏光している光のみをディテクタで検出します(OpticStudio で、ディテクタ (矩形) の偏光パラメータを 2 に設定)。
下図の結果も、理論から予想される値と全面的に一致しています。上記の右下のグラフに示すように、MSP.DLL によってミー散乱と偏光が正確にシミュレートされ、理論から予想される値と良好に一致した結果が得られます。
実験 4
さまざまな偏光状態に対する位相関数の依存性を検討するための別の手段として、ピクセルが 1 つのディテクタを散乱角度の範囲に複数配置する方法があります。これによって散乱光を直接測定して、各ディテクタで検出した強度をプロットします。
上図右のグラフでは、1 つの測定点が各ディテクタに相当します。参考として、レイリー散乱の理論予想値もプロットしてあります。このグラフで、青、赤、黄の各曲線は、それぞれ x 方向の直線偏光、y 方向の直線偏光、非偏光での各特性に対応します。
実験 5
ここまでは、レイリー領域の偏光依存性を検討してきました。MSP.DLL は、一般的なミー散乱にも適用できます。この実験では、最初の 3 件の実験と同じ設定を使用しますが、ミー領域で散乱するように粒子サイズを大きくします。また、理論値とシミュレーション結果との比較も実施します (ミー散乱では閉形式の単純解が得られませんが、数値計算は、たとえば文献 [3] にある方法で可能です)。下図に、粒子サイズを 0.1λ (左)、0.2λ (中央)、0.5λ (右) とした場合の結果を示します。
予想どおり、散乱粒子のサイズが大きくなるに伴って前方への散乱が支配的になり、それが検出強度分布に反映されています。
実験 6
同様に、ピクセルが 1 つのディテクタを試料の周囲 360 度に並べた構成で位相関数を測定できます。
右の極座標プロットは、各ディテクタで測定した強度の値を使用して得られています。これらのプロットは、一般的なミー散乱の散乱図としてよく知られているものと全面的に一致しています。
実験 7
最後に、より一般化した偏光測定実験を実施します。混濁性材料の平板による後方散乱を測定することで、空間マップとしての複数のミュラー マトリックスを計算します (1 つのマトリックスがディテクタの各ピクセルに相当)。混濁性材料の平板に向けて光ビームを発射します。散乱材料に入射した光線は複数回、散乱します。光線の中には、オブジェクトの後方に伝搬して検出されるものがあります。ディテクタは平板のフェイス近傍に配置されているので、後方へ散乱した光線のみが検出されます。
MSP.DLL を使用することで、偏光感受性散乱を計算し、出力光線の偏光と入射光線の偏光との関係を明らかにできます。偏光を記述する一般的な形式であるストークス ベクトルは、4 つの成分を使用して偏光のあらゆる状態を定義します。したがって、任意の光学部品が光ビームの偏光に及ぼす効果は、ミュラー マトリックスで全面的に定義できます。ミュラー マトリックスは、入力と出力の偏光状態をそれぞれ 4 成分のベクトルとして表現し、これらの偏光状態相互の関連性を記述します。したがって、ミュラー マトリックスは 4 x 4 のマトリックスです。
この実験では、混濁性材料の平板を、後方散乱する光線の偏光状態を変える光学部品と考えることができます。ディテクタ上の光線の位置は、入射位置 (中央) を基準とします。この基準を設定することで、目的のミュラー マトリックスを計算できます。ただし、この 4 x 4 のマトリックスは、後方散乱光線の射出位置に依存します。ミュラー マトリックスを空間マップとして計算する理由はこの点にあります。結果のプロットは次のとおりです。
この実験は、混濁性材料の平板による後方散乱光のあらゆる偏光を測定していることから、その結果は、一般化した偏光測定と考えることができます。
蛍光のシミュレーション
MSP.DLL は、偏光感受性ミー散乱の計算のほか、蛍光のシミュレーションにも対応しています。
MSP.DLL では、蛍光をシミュレートするために、OpticStudio のバルク散乱モデルに用意されている波長シフト機能を使用します(OpticStudio で、散乱オブジェクトの [オブジェクト プロパティ] (Object Properties) → [体積物理特性] (Volume Physics) タブ → [蛍光] (Fluorescence) ボックスの順に選択します)。テキスト文字列「wave1, wave2, prob」を入力することで、散乱イベントにおける波長シフトの確率を設定できます。この設定では、入射波長番号「wave1」が波長番号「wave2」に「prob」の確率でシフトします。
この手法により、散乱の平均自由光路の設定 (OpticStudio で [オブジェクト プロパティ] (Object Properties) タブ→[体積物理特性] (Volume Physics) → [DLL 定義の散乱] (DLL Defined Scattering) → [平均光路] (Mean path) の順に選択します) で決まる速度で蛍光が発生します。長い平均自由光路 (蛍光が発生するまで光線が伝搬する平均経路長) を設定した蛍光にする必要がある場合は、上記の方法で波長シフトの確率を小さくするだけで事実上実現できます。MSP.DLL を使用すれば、蛍光発生までの平均自由光路を、散乱発生までの平均自由光路よりも短くすることもできます。そのためには、蛍光に関連する平均自由光路を入力します。これにより、上記で定義した確率で蛍光が発生するまで光線が伝搬する平均距離が決まります。この距離は、散乱の平均自由光路よりも短く設定できますが、それよりも長くすることはできません。
蛍光が発生すると光線の波長がシフトし、伝搬方向と偏光状態が変化します。伝搬方向は等方的に選択され、偏光状態はランダムな方向の直線偏光、位相はランダムな値に設定されます。多くの光線でこれらの特性を平均化すると、インコヒーレントな蛍光発光をシミュレートできます。これは、蛍光が発生する場合にのみ当てはまります。
バルク散乱する場合は、散乱の平均自由光路が適用され、新しい伝搬方向は材料特性とミー散乱の位相関数に基づいて計算され、偏光はミー理論に基づいて更新されます。このように、散乱と蛍光を同時にシミュレートできます。この機能を使用して、自家蛍光を示す散乱材料を通じたサンプリングと撮像の両方をシミュレートできます [1]。
まとめ
この記事では、OpticStudio のノンシーケンシャル モードで偏光に対してバルク散乱が示す感受性を検討しました。MSP.DLL では、ミー散乱における偏光の効果が考慮されています。この偏光に対する感受性を、いくつかの実験によって評価しました。蛍光とミー散乱を組み合わせたシミュレーションも可能であり、その例を示しました。生体撮像では、(a) 蛍光と散乱を同時に発生できることおよび (b) ミー散乱の偏光感受性の性能の両方が重要です。撮像光学系のモデル化、および散乱性試料 (蛍光性を考慮することもあります) と混濁性媒質による光の拡散のモデル化が必要であるからです。
参考文献
- G. Carles, P. Zammit, and A. R. Harvey, “Holistic modeling of optical systems and photon transport in turbid media using a commercial ray-tracer,” in preparation.
- H. C. van de Hulst, Light scattering by small particles (John Wiley & Sons, 1957).
- W. J. Wiscombe, "Improved Mie scattering algorithms," Appl. Opt. 19, 1505-1509 (1980).
KA-01653
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