分光器の設計方法 - 理論

分光法は、細胞組織、プラズマ、材料の研究に使用できる、最も強力な非侵襲測定法のひとつです。この記事では、近軸エレメントによるレンズ - グレーティング - レンズ (LGL) 分光器をモデル化する方法について解説します。必要なパラメータの特定から性能評価に至る設計プロセスを、マルチ コンフィグレーション、評価関数、ZPL マクロなど、OpticStudio の高度な機能を使用して検討します。

著者 Lorenz Martin

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https://www.youtube.com/watch?v=G5LbOtrxGkU

Introduction

光学分光器とは、波長の関数として光の強度を測定する装置です。分光器の基本構成には、さまざまな種類があります。この記事では、レンズ - グレーティング - レンズ (LGL) 分光器を取り上げます。OpticStudio でこの分光器を構成し、重要な設計パラメータを特定する方法を検討します。

LGL 分光器の基本構成

LGL 分光器の基本構成は下図のとおりです。

 

多色光が入射ピンホールを通り、発散ビームとなって分光器に入射します。つづいて、コリメータ レンズで平行光線が生成されます。コリメータ レンズの後の透過型回折格子が、分光器の中心的なエレメントになります。この回折格子により、光ビームの方向が波長 (色) に応じて変化します。最後に、フォーカシング レンズによってディテクタ上に光ビームが焦点を結びます。波長ごとにディテクタ上の到達位置が異なるため、ディテクタ上の位置の関数として強度を測定すれば、光のスペクトルが得られます。

最初の手順として、近軸エレメントを使用して、この構成を OpticStudio でモデル化します。こうすることにより、収差と最適化の問題を無視できます。収差と最適化の影響については、ナレッジベースの記事 「分光器の設計方法 - 実装法」 で解説します。ここで説明する LGL 分光器は、分光器やその分解能の基本的な物理概念の理解に適しています。

 

OpticStudio による近軸 LGL 分光器のモデル化

光学系の設定

今回の設計の基本パラメータをシステム エクスプローラで設定することから始めます。下図のように [入射瞳径] (Entrance Pupil Diameter) を設定します (後ほど、アパチャーが分光器の性能に及ぼす影響について検討します)。

 

今回の分光器では、波長が λmin = 400 nm ~ λmax = 700 nm の範囲の可視光を解析します。測定帯域 Δλ は 300 nm になります。したがって、スペクトル両端の 2 つの波長と、スペクトルの中心波長 λ0 = 550 nm の 3 波長を設定します。この中心波長は、主波長としても設定します。

 

コリメータ レンズ

上記の設定の完了後分光器の最初のエレメントを作成するため、レンズ ファイルに最初の行を追加します。点光源 (ピンホールが点光源に相当します) から光が出発すると仮定します。焦点距離 30 mm の近軸レンズをピンホールの後方 30 mm の位置に配置すれば、平行光線としたビームを生成できます。

 

この設計の 3D レイアウトは下図のようになります。

 

回折格子

この分光器の次のエレメントは透過型回折格子です。回折格子は分光器で重要なエレメントなので、OpticStudio で実装する前に回折格子について詳しく見てみましょう。

回折格子の基本的な構造は、複数のスリットを等間隔で平行に並べた絞りです。わかりやすくするために、まずスリットが 2 本だけの回折格子を考えます (下図)。

 

 

入射ビームはコリメータを通っているので、ビームを構成するすべての光線は互いに平行です。2 つのスリットを通過する 2 本の光線 (赤矢印) を考えると、2 本の光線の経路差 Δs (青線部分) を、2 つのスリット間の距離 d、入射角 α、回折角 β の関数として次のように計算できます。

この経路差が 1 波長分となれば、2 本の光線どうしで強め合う干渉が発生することになります。

上記の 2 つの式をまとめると、以下の回折角を求める式となります。

この式は、分光器で多色光が波長ごとにどのように分割されるのかを表します。つまり、α d が決まっていれば回折角は波長のみで決まることが分かります。

この 2 本スリットの概念は、3 本以上のスリットを持つ回折格子に拡張できます。そのような回折格子では、特定の波長の光線が、より多く回折角の方向に集中するので、回折効率が高くなります。

回折格子とその特徴については、効率やブレーズ角など、説明すべきことが他にも数多くあります。それらの情報については、ナレッジベースの記事 「表面レリーフ型グレーティングの回折効率を RCWA 法でシミュレーションする」 を参照してください。ここでは、回折格子の特性が、隣接する 2 つのスリット間の距離で決まること、平行光線とした光ビームが、これらのスリットで波長の関数として分離されることだけを念頭に置くようにします。

分光器に屈折格子を実装する場合、通常は入射角と中心波長の回折角が等しくなるように設定し、次式が成り立ちます。

さらに式 (1) を使えば

今回の例では、d = 0.5 µm と仮定すると、α = 33.367° が得られます。以上を踏まえて、OpticStudio で回折格子を設定します。まず、レンズ ファイルに座標ブレーク面を挿入し、光線を入射角だけ傾けるために [X 軸のティルト] (Tilt About X) を 33.367° に設定します。次に回折格子の行を追加します。1 µm あたりのスリット本数 (d の逆数) を 2、回折次数を -1 にそれぞれ設定します。回折角を計算するためには、座標ブレーク面がもう 1 つ必要です。ここで、座標が自動的に主波長に追随するように、[X 軸のティルト] (Tilt About X) に [主光線] (Chief ray) ソルブを設定します。

 

フォーカシング レンズとディテクタ

分光器の最後のエレメント群はフォーカシング レンズとディテクタです。レンズ ファイルに 4 行を追加して、回折格子からフォーカシング レンズまでの空間 (30 mm)、近軸フォーカシング レンズ (焦点距離 ff  = 30 mm)、この焦点距離に相当する空間、ディテクタ面をそれぞれ設定します。

 

以上の説明に従った設定にすると、3D レイアウトは次の図のようになります。

 

最後の設定として、上図の 3D レイアウトにある赤い円内に描画される光線を削除します。この円内に表示されている光線が多すぎるからです。レンズ ファイルの面 6 のプロパティを次のように設定することで、表示される光線を整理できます。

 

以上で、近軸 LGL 分光器の設計が完了したので、標準スポット ダイアグラムを開いて、最初に選択した 3 つの波長の光線が像面 (ディテクタ上) に形成するスポット サイズを表示します。

 

このことから、スポット サイズがきわめて小さいことがわかりますが、このような結果が得られるのは、近軸レンズを使用し幾何光学光線追跡を実行した場合に限られます。実際には回折効果によってスポットは広がります。回折効果については、この記事の最後で触れます。その前に、フォーカシング レンズとディテクタを詳しく検討し、その寸法の要件を理解することにします。

 

分光器の分解能

ディテクタの幅

ディテクタの幅は、分光器の測定波長帯域 Δλ = λmax – λmin、回折格子のスリット間距離 d、フォーカシング レンズの焦点距離 ff の 3 つのパラメータで定義されます。一般的に、Δλ d は前提条件として設定しますが、フォーカシング レンズはディテクタの配置と形状に合わせて選択できます。 

分光器の最小波長と最大波長 (この例では、それぞれ 400 nm と 700 nm) と式 1 により、回折角の最小値と最大値を計算できます。その結果は βmin = 14.48°、 βmax = 58.21° です。これらの値は、最小波長と最大波長のマージナル光線を OpticStudio で単一光線追跡することで確認できます。

 

光線が最小角および最大角でフォーカシング レンズを通過する場合、下図のような状態になります。

 

ここで ff  はフォーカシング レンズの焦点距離、L はディテクタの幅です。これにより、以下の式でディテクタの幅を求めることができます。

この例では、L = 24.16 mm が得られ、この結果も OpticStudio で確認できます。この概算値を得る簡易的な方法として、3D レイアウトで [測定] (Measure) ツールを使用して直接測定することができます。

 

より高度で精度の高い方法は、オペランドを使用することです。この値を出すためには、メリット ファンクション エディタを開き、下図のように行を入力してウィンドウを更新 (赤矢印で示したアイコン) します。

 

REAY オペランドは、実光線の面上 (この例では面 9 のディテクタ上) での y 座標を返します。[波長] (Wave) の値として、それぞれ 400 nm と 700 nm の波長に相当する 1 と 3 を選択し、DIFF オペランドで、2 つの y 座標の差を計算します。得られた結果は、前述の解析的に計算した値と一致しています。

以上の検討から得られた結果の要点を整理します。分光器の測定帯域を決めると、回折グレーティングで得られる回折角の最小値と最大値が決まります (式 1)。さらに、この最小回折角と最大回折角およびフォーカシング レンズの焦点距離 ff からディテクタの幅が決まります (式 2)。ディテクタが大きくなれば長い ff が必要になり、その逆も成り立ちます。

 

ディテクタ上での波長の再マッピング

スポット ダイアグラムを見ると、測定波長帯域に均等な波長間隔で配置した 3 つの波長のスポットの位置は、ディテクタ上では均等な分布になっていないことがわかります。これは、式 1 の正弦関数による影響です。分光器では対応する波長に合わせてディテクタ上のスポット位置を再マッピングすることで、この影響を考慮する必要があります。

OpticStudio では、分光器の測定帯域内で波長をスイープし、ディテクタ上の光線位置を記録することで、マッピング関数 (再マッピング関数の逆関数) を計算できます。これを効率的に実施するには、Zemax プログラミング言語 (ZPL) によるマクロを使用します。添付ファイル中のマクロ Mapping_Function_Resolution.ZPL をダウンロードし、Zemax\Macros フォルダに保存します。このマクロを開いて、構造を確認してください。このマクロでは、まずシステム波長を取得します (オペランド WAVL)。つづいて、マルチコンフィグレーションを使用して複数の波長でループ処理を実行し、ディテクタ上での光線位置の y 座標を計算します (オペランド RAYY)。マクロ実行した後に得られたプロットが、マッピング関数を表しています。

 

スペクトル分解能

マクロ Mapping_Function_Resolution.ZPL では、分光器のスペクトル分解能 R を示す別のプロットが生成されます。R は、ディテクタの単位幅 ΔL に相当する波長の変分 δλ であり、次式で求められます。

この式で定義したスペクトル分解能は、マッピング関数の導関数の逆数になります。このことから、マッピング関数とスペクトル分解能は同じマクロで計算できます。

 

スペクトル分解能が小さいほど、ディテクタの単位幅に相当する波長帯域が小さくなります。スペクトル分解能にディテクタのピクセル幅を乗算した値が、最終的に分光器の分解能になります。この値は、あらゆる分光器で重要な特性値です。

式 2 から、分光器で高いスペクトル分解能を実現するには、フォーカシング レンズの焦点距離を長くし、ディテクタの幅を大きくしてその幅に分布するスペクトルの全体の幅を広げる方が良いことになります。しかし、この方法はおそらく通用しません。ディテクタ上のスポット サイズは回折によって制限されることも考慮する必要があり、この効果が分光器の設計で別の制約になるからです。

 

回折限界

分光器は、物体 (入射ピンホール、これは点光源です) を像面 (ディテクタ) にマッピングする光学系と考えることができます。光学系における光の伝搬を計算するために OpticStudio のように光線を使用する方法は、きわめて効率的です。しかしながら、光線追跡で得られた結果は完全には実際の現象と一致しません。点光源の像は、無限小の点 (鮮鋭な像) にはならず、ある程度の広がりを持ちます。これは、回折による効果であり、あらゆる光学系の分解能を制限する要因となります。分光器のような光学系によって点光源が広がりのある像にマッピングされる状態は、点像分布関数で表現できます。

OpticStudio には、回折を考慮するための多彩なツールが用意されています。ここでは、スポット ダイアグラムのエアリー ディスク (回折限界のスポット サイズ) を検討します。スポット ダイアグラムでは、エアリー ディスクがプロットされるほか、プロットのコメントにその数値が表示されます。

 

エアリー ディスクは、レイリー基準にも使用されます。レイリー基準では、2 つの点光源間の距離が、それぞれのエアリー ディスクの半径よりも大きければ、それらの点光源が一目で分離して判別できるとしています。分光器の場合、2 つの点光源間の距離は、前の節で紹介した波長の変分 δλ に対応します。

レイリー基準は、ディテクタのピクセル サイズの選定に直接影響します。エアリー ディスク半径の半分よりも小さいピクセルを使用しても意味がありません。分光器の回折限界による分解能よりも狭い範囲を過剰にサンプリングすることになるからです。

エアリー ディスク半径の計算式は次のとおりです。

ここで F# は実効 F ナンバーで、フォーカシング レンズの焦点距離 ff をシステム アパチャーで除算した値です。この関係から得られる結果は次のとおりです。

  1. 分光器の回折限界による分解能は、波長によって変化します。この効果を光学設計で取り除くことはできません。
  2. フォーカシング レンズの焦点距離 ff を長くすると、F ナンバーが大きくなり、エアリー ディスクは大きくなります。この効果には、前の節で述べたとおり、ディテクタの幅 L も関連してきます (式 2)。この焦点距離を長くすると、ディテクタの幅も大きくなります。結局、大きなディテクタ上ではエアリー ディスクが同じように大きくなるだけで、分光器の分解能は向上しません。
  3. システム アパチャーを大きくすると、F ナンバーが減少し、エアリー ディスクが小さくなります。

 

光学系のパラメータ選択

分光器の測定波長帯域と回折格子が事前に決まっていると、分光器から最大限の性能を得るために調整できるパラメータは次の 2 つです。

システム アパチャー

システム アパチャーは、エアリー ディスクのサイズ、つまり分光器の回折限界による分解能に直接影響します (式 3)。可能な限りアパチャーを大きくすることは、エアリー ディスクを小さくすることになるので優れた考え方です。

フォーカシング レンズ

フォーカシング レンズの焦点距離 ff の選択には、システム アパチャーの選択よりも複雑な面があります。最も重要な点は、目的の光線がディテクタ全体に照射されるようにすることです (式 2)。ディテクタを小さくし ff  を短くすると、より小型の分光器が得られます。一方、焦点距離を短くすると収差が大きくなります。したがって、ディテクタはできるだけ大きいものを選択する必要があります。また、分光器の回折限界による分解能は、フォーカシング レンズの焦点距離の影響を受けません。エアリー ディスクの大きさが、ディテクタに必要な幅に伴って増減するからです。

References

KA-01950

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