分光器の構築法 - 実装

分光法は、細胞組織、プラズマ、材料の研究に使用できる、最も強力な非侵襲測定法のひとつです。この記事では、市販の光学エレメントを使用してレンズ - グレーティング レンズ (LGL) 分光器を実装する方法について説明します。分光器の設定方法およびその設計の改良と最適化を取り上げます。

著者 Lorenz Martin

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Introduction

この記事では、市販の光学エレメントを使用してレンズ - グレーティング レンズ (LGL) 分光器を実装する方法、および収差と性能の観点から分光器を最適化する方法について説明します。LGL 分光器の基本的な知識は、ナレッジベースの記事「分光器の構築法 - 理論」に基づいています。

LGL 分光器の基本設計

分光器を設計して実装する場合、いくつかの前提条件を把握するとともに、光学エレメントやプラットフォームに関して事前に決定しておくべき事項があります (記事末尾に各製造元のウェブサイトを掲載しています)。今回の例では、光干渉断層撮影 (OCT) 用の分光器を開発します。

  • 分光器の測定帯域は、855 nm から 905 nm とします。これは、人間の眼の検査に適した OCT 光源のスペクトルに合わせて選択した値です。
  • 使用する回折グレーティングは、1800 線/mm のWasatch Photonics 社製体積位相ホログラフィック グレーティング WP-HD1800/840-25.4 です。このグレーティングは OCT 用途向けに開発されたもので、目標とする波長範囲で性能が最適化されています。グレーティングの直径は 25.4 mm (1 インチ) であり、これによって光学系のアパチャーも決まります。
  • したがって、分光器の実装には、30 mm のケージ エレメントと Thorlabs 社製の 25.4 mm (1 インチ) のレンズを使用します。
  • センサーには、幅 10 µm、高さ 20 µm のピクセルを 2048 個備えた、Teledyne 社製の e2V AVIIVA EV71YEM4CL2010-BA9 ライン カメラを使用します。
  • 分光器の合焦レンズの焦点距離を 125 mm に設定すると、センサーのほぼ全域が照射され、中心波長におけるエアリー ディスク サイズ 9.2 µm はセンサーのピクセル幅に近くなります (これらのパラメータの計算方法については、ナレッジベースの記事「分光器の構築法 - 理論」を参照してください)。

 

OpticStudio による LGL 分光器の実装

光学系の設定

この例では、分光器に入射する光が、シングル モード ファイバーから発していると仮定します。このため、入射ピンホールを点光源としてモデル化できます。システム エクスプローラで、[アパチャー タイプ] (Aperture Type)[物空間 NA] (Object Space NA)[アパチャー値] (Aperture Value) を 0.12 に設定します。この設定は、ファイバーの受光角に基づいています。さらに、ビームの強度プロファイルを考慮するために、係数 1.0 のガウシアン アポダイゼーションを選択します。分光器の目標測定帯域に対応するために、波長を 0.855 µm、0.880 µm (主波長)、0.905 µm に設定します。
 

 

 

コリメータ レンズ

OpticStudio には、多数の市販レンズを収録したカタログが付属しています。このレンズ カタログからレンズを検索して、レンズ ファイルに追加できます。

 

ここで選択するレンズは、Thorlabs 社製の直径 25.4 mm (1 インチ)、実効焦点距離 (EFL) 60 mm の色消しダブレットで、目標とする波長範囲に適したコーティングが施されています。EFL の 60 mm は、平行光線としたビームの直径で回折グレーティング全体を照射できるように選択した値です。ディテクタ上での回折限界のスポット サイズが小さくなるように、できる限りアパチャーを大きくします。面 1 にレンズを挿入すると、レンズ ファイルに 3 行が新たに追加されます。レンズの製造元は無限共役比が得られるようにレンズを最適化しているので、無限遠の物体は焦点面に結像します。しかし、ここでは、逆に点光源 (ファイバー) の光を平行光線にします。そのためには、レンズの前後を逆に配置する必要があります。OpticStudio では、前後を逆にする行を選択して [エレメントの反転] (Reverse Element) ボタンをクリックすることで、この配置を実現できます。
 

 

レンズの EFL が 60 mm であるため、面 0 の厚みをファイバーからコリメータ レンズまでの距離である 60 mm に設定します。さらに、コリメータ レンズから回折グレーティングまでの距離を追加します。ビームはコリメータで平行光線になるので、30 mm という値はさほど重要ではありません。次に面 1 を絞り面にします。

 

 

この段階で光学系の 3D レイアウトを開くと、レンズを通過した光線が平行になっていないことがわかります。その理由は、レンズがファイバーに対して適切な位置に配置されていないことにあります。簡易な最適化を実行するには、OpticStudio のクイック調整機能 ([最適化] (Optimization) → [クイック調整] (Quick Adjust)) がきわめて効果的です。以下のパラメータを選択して、調整を 2 回実行します。
 

 

 

面 0 の厚みが 55.718 mm に変更されます (製造元指定の後側焦点距離に相当します)。3D レイアウトを表示すると、レンズ通過後のビームが平行光線になっていることを確認できます。

 

 

回折グレーティング

次に、この光学系に回折グレーティングを挿入します。グレーティングの仕様を参照して、レンズ ファイルに次の行を入力します。

 

回折グレーティングの詳細と OpticStudio での実装方法については、ナレッジベースの記事「分光器の構築法 - 理論」を参照してください。
 

合焦ユニット

前の節で紹介した記事にあるように、合焦ユニットは分光器の中で最も複雑な性格を持つユニットです。最初の簡潔な手順として、実効焦点距離 100 mm の Thorlabs 社製 AC254-100-B シングル レンズを選択します。これによって、光学設計を保持できるかどうか、どのような収差が発生するかを確認できます。グレーティングと合焦レンズ間の距離 (60 mm)、合焦レンズ、合焦レンズとディテクタ間の距離 (レンズの後側焦点距離に相当する 97.1 mm) をレンズ ファイルに追加します。
 

 

3D レイアウトを見ると、ビームが既にディテクタ上に適切に合焦していることがわかります。
 

 

しかし、マトリックス スポット ダイアグラムを確認すると、中心波長 (880 nm) ではスポット サイズが回折限界に近いものの (エアリー ディスクを黒い円で表示)、両端の波長ではそうなっていないことがわかります。
 

 

ここに見られる収差は、像面湾曲に関連しています。つまり、両端波長の焦点距離は、中心波長の焦点距離より短くなっています。像面湾曲を低減する標準的な方法はいくつか存在します。ここでは、分光器の合焦ユニットに対して、以下に述べる方法とその他の設計原理を適用します。
 

  • ここでは、分光器の合焦ユニットに対して、以下に述べる方法とその他の設計原理を適用します。カスタム製造のレンズに比べて、はるかに安価で納期も短い市販レンズを使用します。
  • また、色消しのダブレットではなく、シングレットを使用します。シングレットの方がダブレットよりも安価だからです。グレーティングで色を分解することから、色収差の補正は不要です。色による焦点距離の差に対処するには、ディテクタを傾けて配置 (ティルト) します。
  • ここでは、ベスト フォーム レンズを使用します。このタイプのレンズは、平行光線としたビームの合焦に最適化されています。
  • 使用するレンズは 1 枚ではなく、2枚として光学パワーを 2 枚に分割します。この方法には、次の 2 つの利点があります。
    (1) レンズ面の曲率が小さくなるので収差を低減できます。
    (2) 最適化プロセスで変数に設定できる厚みを光学系に 1 つ追加できます。
  • 収束レンズの後ろに 3 番目のレンズとして発散レンズ (視野平坦化レンズ) を挿入して像面湾曲を低減します。
     

改良した設計は次のようになります。

 

 

レンズ間の距離を任意に選択していることに注意してください。センサー全体を照射するために必要な 125 mm に近い EFL が得られるようにレンズを選択しています。次の節では、合焦ユニットの EFL を効率的に計算する方法を検討します。
 

最適化

この光学系を最適化する前に、どのパラメータを変数に設定できるかを判断する必要があります。この例では、レンズ間のすべての距離、およびファイバーとコリメータ レンズ間の距離を変数とします。さらに、前の節で述べたディテクタの傾斜配置ができるように、ディテクタの前に座標ブレークを挿入します。レンズ ファイルの最終的な形態は次のようになります。
 

 

変数を設定した後、設計の最適化を開始します。この最適化は 2 段階で実施します。まず、OpticStudio のグローバル最適化機能で、グローバル最適解を見つけ、つづいてハンマー最適化で、設計の性能を最大限に引き出せるようにします。
 

グローバル最適化

最適化プロセスにおける最も重要な要素は評価関数です。設計、最適化の目標、最適化の方法に適合した評価関数とする必要があります。この記事に添付された評価関数ファイル MF_for_global_optimisation.MF をダウンロードして、Zemax\MeritFunction フォルダに保存し、OpticStudio のメリット ファンクション エディタで開きます。
 

 

評価関数の各行には、次の効果があります。

  • 第 2 行~第 11 行 :
    各レンズ間の距離および入射ピンホールの位置の上限 (FTLT) と下限 (FTGT) を定義します。これらのオペランドの重みは、レンズどうしが重ならないこと (行 6、8、10)、およびファイバーが異常な位置に配置されないこと (行 2、3) に留意して選択します。グレーティングとレンズ 1 間の距離の上限は、両端波長の光線に対する遮蔽が発生しないように設定します。
  • 第 12 行~第 13 行 :
    ディテクタのティルト角の上限 (PMLT) と下限 (PMGT) を定義します。
  • 第 15 行~第 19 行 :
    ディテクタ上の光線位置とその差 (REAY、DIFF) を計算し、ディテクタの幅の下限と上限 (ABGT、ABLT) を設定します。照射される領域がディテクタより大きくならないように重み付けを設定します。
  • 第 21 行 :
    合焦ユニットの EFL を計算します。このオペランドは最適化プロセスでは使用されません (重み 0)。合焦ユニットの EFL を監視する目的でのみ設定されています。
  • 第 22 行以降 :
    スポット サイズが最小になるように最適化します。
     

[最適化] (Optimize) → [グローバル最適化] (Global Search) をクリックすると、[グローバル最適化] (Global Optimization) ウィンドウが開いて最適化が始まり、わずか数秒でこの光学系のグローバル最適解が見つかります。
 

 

この状態で既に 3 つの波長のすべてでスポット サイズが回折限界に近づいています。
 

 

ハンマー最適化

つづく最終段階では、上記で得られた解をハンマー最適化で詳しく最適化します。そのためには、光学系の回折限界を扱うことから、評価関数の変更が必要です。光線に対する最適化はこれ以上実施せず、回折限界のエンクローズド エネルギーを最適化します。この目標を達成するには、評価関数の第 22 行以降を削除し、代わりに次の 3 つのオペランドを追加します。
 

3 つの波長それぞれのセントロイドを基準とした y 方向の最大エネルギーを最適化するように、これらの DENC オペランドを設定します。ハンマー最適化を数分間実行すると ([最適化] (Optimize) → [グローバル最適化] (Global Optimizers) → [ハンマー最適化] (Hammer Current))、光線の最適化から見ると望ましくないように思える解が見つかります。
 

 

しかし、エンクローズド エネルギーの割合を確認すると ([解析] (Analyze) → [像質] (Image Quality) → [エンクローズド エネルギー] (Enclosed Energy) → [回折] (Diffraction))、この光学系が既にその回折限界に近づいていることがわかります。

 

ディテクタのピクセル幅が 10 µm であることを思い出してください。したがって、セントロイドから y 方向に 5 µm の距離におけるエンクローズド エネルギーの割合を監視することが重要になります。この値を確認すれば、回折限界で得られるエネルギーと比較したエネルギー損失がわずか数パーセントにすぎないことがわかります。
ハンマー最適化をさらに長時間実行した後、ローカル最適化を実行して結果を改善することもできますが、ここまでに得られた解でも十分に良好です。
回折限界によるスポット サイズは、ピクセル サイズに近く (10 µm のピクセルに対して 9.3 µm)、ディテクタもほぼ全面が照射され (20.5 mm のうち 18.5 mm)、同時にエンサークルド エネルギーも回折限界に近い値が得られているからです。
 

スペクトル分解能

分光器の分解能の定義および計算方法については、既にナレッジベースの記事「分光器の構築法 - 理論」で解説しています。
ここでは、回折によって課される制約およびライン カメラであるディテクタのピクセル サイズによって課される制約へ検討を拡張します。
この検討のほとんどは、ナレッジベースの記事「Resolution of diffraction-limited imaging systems using the point spread function」(英語) に基づいています。
 

回折限界による分解能

レイリー基準では、2 つの点光源の距離がエアリー ディスクの半径 (今回の光学系では 880 nm で 9.3 µm) 以上であれば、これらの点光源を分解して認識できるとしています。
しかし、分光器で分解する対象は、物体面上の点ではなく、波長です。したがって、この分光器の場合、ディテクタの照射されている領域の幅 18.5 mm によって、約 2000 の波長を分解できます。分光器の測定帯域 (50 nm) から、回折限界による分解能は 25 pm になります。
 

 

次に、[解析] (Analyze) → [ホイヘンス PSF 断面] (Huygens PSF Cross Section) をクリックします。
表示されたプロットからもわかるように、2 つの波長の点像強度分布 (PSF) は互いに近接しているものの、それぞれ 0 µm と約 -9 µm の 2 つのピークとして識別できます。
 

 

この解析から、この分光器の回折限界による分解能が 25 pm であることを確認できます。
 

ピクセル限界による分解能

ライン カメラでスペクトルをサンプリングする際のピクセル幅も、分光器の分解能を制限する要因となります。OpticStudio のホイヘンス PSF 断面プロットは、この様子を確認するうえできわめて効果的な機能です。[像のデルタ] (Image Delta) を 10 に設定すると、カメラのピクセル幅である 10 µm にわたって信号が平均化されます。この平均化によって、下図のように 2 つのピークが識別できなくなります。
 

 

ここには、もうひとつの注意事項があります。ナイキスト - シャノンのサンプリング理論によれば、エアリー ディスク半径を分解するには、少なくとも 2 つのサンプリング ポイントが必要です。したがって、ライン カメラ上で 2 つの PSF を分解するには、それらの間の距離が 20 µm (ピクセル幅 10 µm の 2 倍) 以上離れている必要があります。この距離は、スペクトル分解能 50 pm に相当します。2 番目のシステム波長を 0.880050 µm に変更すると、ホイヘンス PSF 断面プロットで 2 つのピークを識別できるようになるので、このことを確認できます。以上より、この分光器のピクセル限界による分解能は 50 pm であるという結論が得られます。最終的に、この分光器の分解能は、回折効果ではなく、ライン カメラのピクセル サイズで制限されることになります。回折限界のスポットを完全にサンプリングするには、幅 5 µmのピクセルを4,000個備えたライン カメラを使用することが望ましいのですが、そのようなカメラは存在しません。もうひとつの方法は、分光器が回折限界で示すスポット サイズの許容値を大きくすることです。しかし、そのようにすると照射される領域がディテクタの幅よりも大きくなり、分光器の測定帯域の一部が失われます。
 

References

KA-01955

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