この記事では、OpticStudioにおける近軸入射瞳と2024R1で追加される実入射瞳および瞳可視化の新機能について取り上げ、計算方法や使用上の注意について説明します。また、いくつかの使用例についても紹介します。
Authored By Kensuke Hiraka and Michael Cheng
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Zemax OpticStudioの近軸瞳
このセッションでは、近軸入射瞳について説明します。瞳は光学系の絞りの像として定義され、それ自体が像に到達する光線を制限する絞りとして定義されます。入射瞳とは光学系の入射してくる光の入口で、物体側からレンズをのぞいたときに見える絞りの像になります。像面側からレンズをのぞいたときに見える絞りの像は射出瞳で、こちらは光学系から射出される光の出口になります。
瞳の像は、絞りの前にあるレンズによって作られる虚像となり、実際の絞りの位置とサイズとは異なります。ある光学系での入射瞳の位置とサイズは図1のようになります。
図1 入射瞳の位置とサイズ
物体面から出射した光の主光線は、絞りの中心を、マージナル光線は絞りの端を通ります。入射瞳の位置は、図1の赤い破線で示すように、レンズによる屈折を無視して、物体面から主光線をまっすぐに延長したときに、光軸と交わる位置になります。一方、マージナル光線をレンズによる屈折を無視して、まっすぐ延長して入射瞳位置に到達した位置が、入射瞳のサイズとなります。図1で示した入射瞳は、近軸入射瞳になります。近軸入射瞳は、近軸光線に基づいて算出した入射瞳になります。近軸光線追跡については「Understanding paraxial ray tracing」をご参照ください。また「Display pupils on a layout plot」でレイアウト上に瞳を表示させる方法について記載されています。こちらの記事ではダミー面とZPLソルブを使用して入射瞳および射出瞳を表示させていますが、2024R1で追加された新機能により、レイアウトの設定の「Drow Paraxial Pupils」にチェックを入れるだけで表示させることができるようになりました。
サンプルファイル「Double Gauss 28 degree field.zmx」で確認します。3Dレイアウトを表示し、設定で[近軸瞳を描画] (Draw Paraxial Pupils) にチェックを入れます。
図2 3Dレイアウトの設定
そうすると、3Dレイアウト上に入射瞳と射出瞳が表示されます。
図3 3Dレイアウトでの近軸瞳の表示
入射瞳および射出瞳の位置とサイズは、システムデータで確認することができます。
図4 システムデータ
ここで表示される入射瞳位置は開始面を基準とした位置、射出瞳位置は像面を基準とした位置になります。それぞれ3Dレイアウトで表示された位置およびサイズとなります。このように「Draw Paraxial Pupils」により、レイアウト上で瞳の位置およびサイズを簡単に確認することができるようになりました。
Zemax OpticStudioの実瞳
このセクションでは実瞳の可視化機能で使用されるアルゴリズムの概念とこのツールの使用方法について説明します。このツールで表示される実瞳は、絞りの中心および絞りの端から、物体面または像面に出射した光線の焦点位置で求めます。図5は絞りの中心から出射する光線の焦点位置を示したものです。
図5 絞り面の中心からの光線の焦点位置
絞り面上の特定の点から9本の光線が出射されます。各光線の出射方向は図6に示されるように、正規化視野座標Hx, Hyの±0.001または±0.00707の方向となります。
図6 光線の方向
絞り面のエッジからも最大32点の位置から、光線が出射して同じ計算が行われます。これらの絞り面の中心(主光線位置)および絞り面の端からの光線の集光位置が実瞳の位置およびサイズとなり、これがこのツールのアルゴリズムとなります。
ここからは瞳可視化ツールの使用方法の説明をします。本ツールを使用するには、3Dレイアウトの設定にあ[実入射瞳を描画] (Draw Real Entrance Pupil)、[実射出瞳を描画] (Draw Real Exit Pupil) にある数値を選択します。この数値が実瞳を計算するときに使用する円周上の点の数になります。
図7 3Dレイアウトの実瞳の設定
このツールを使用するにはレイエイミングを使用する必要があります。レイエイミングがオフとなっている場合は、3Dレイアウト上に[視野に依存する瞳の計算にはレイエイミングが必要です。] (Field dependent pupil calculation requires Ray Aiming.) とエラーメッセージが表示され、レイアウトが表示されません。図8は、サンプルファイル「Double Gauss 28 degree field.zmx」のレイエイミングを[実光線] (Real)として実入射瞳を描画を32とした時の3Dレイアウトです。
図8 Double Gauss 28 degree field の入射瞳
こちらのサンプルファイルでは3つの視野が設定されているため、各視野の実入射瞳が3つ表示されます。レイアウト上には入射瞳の中心位置と外径が表示されます。近軸瞳は平面ですが、実瞳の形状は図9のように平面ではありません。そのため、3Dレイアウトで表示される実瞳の中心位置と外径の位置には、ずれが生じます。
図9 瞳の中心位置と外径
ここまで近軸瞳と実瞳の可視化機能について説明しました。ここで図10に示すシンプルな光学系で、絞り位置を変えた時の瞳位置とサイズの変化を確認してみます。
図10 中央に絞りのある2つのレンズ系
近軸および実瞳を表示させると図11のようになります。
図11 入射瞳と射出瞳
ここで絞りの位置を以下のように変更します。光学系の全長は同じです。
図12 絞り面位置の変更
そうすると瞳位置とサイズは図13のように変化します。
図13 絞り面位置変更後の入射瞳と射出瞳
このように使用しているレンズや絞りのサイズが同じでも、絞りの位置が変わるだけで瞳の位置およびサイズは変化し、光学系の性能に影響を与えます。瞳は絞りの虚像であり、絞りの位置を変更することは、物体距離を変更することに近いので注意が必要です。光学設計において、瞳の情報が重要であることが分かりました。次のセクションでは、瞳の情報を確認しながら光学系を改善する方法について説明します。
デモンストレーション
このセクションでは瞳可視化機能を使用した簡単なユースケースを紹介します。ここでは、複数の光学系を連結させる場合を考えます。図14のような結像レンズにおいて、瞳の位置とサイズを確認しながら1枚のフィールドレンズを追加して、ビームが次の光学系に適切に受け渡しできるようにフィールドレンズを最適化します。こちらのモデルは添付ファイルの「First lens.zar」です。
図14 第1のレンズ
ビームが伝搬する次の光学系を図15に示します。2番目の光学系の入射瞳は、1番目の光学系の射出瞳であると考えられます。実際の受け渡す次の光学系は、NDフィルターを使用した光学系や顕微鏡のリレーレンズを使用した光学系などです。今回は添付ファイル「Second lens.zar」を次の光学系とします。
図15 2番目のレンズ
これら2つの光学系をつなげると図16のようになります。視野2の光線が2つ目の光学系に入射していません。光学系として適切ではありません。
図16 2つの光学系を接続
この原因は1つ目の光学系の射出瞳と2つ目の光学系の入射瞳が正しく重なっていないためです。1つ目の光学系の実射出瞳を確認すると、レンズの内部にあることが確認できます(図17)。
図17 1つ目のレンズの実射出瞳
一方、2つ目の光学系の実入射瞳は、絞り面位置の面1になります。つまり1つ目の光学系の射出瞳と2つ目の光学系の入射瞳の位置が大きくずれています。これらの光学系が適切に機能するように改善するには、2つの光学系の間に1枚レンズを追加して、1つ目のレンズの実射出瞳の位置を2つ目のレンズの実入射瞳の位置に近づける必要があります。
この改善を行うために、まず1枚目のレンズの像面位置にレンズを追加します。レンズを追加後の像面位置は2枚目のレンズの位置としておきます(図18)。
図18 1つ目のレンズの後にレンズを追加
次のステップは、図19に示すように、最適化のためのメリットファンクションを設定します。オペランドREAYで各視野のマージナル光線が2つ目のレンズの入射瞳のサイズ(レンズ半径)以下になるように制約しています(1~6行目)。また視野2の主光線が光軸上になるように制約し(8行目)、また追加したレンズの厚みが3 mm 以内に収まるように制約しています(9行目)。
図19 メリットファンクションの設定
変数を設定して最適化した結果が図20になります。実射出瞳位置が像面位置に近くなっていることが確認できます。
図20 最適化後
この最適化された光学系に2つ目の光学系を再度つなげると、図21のようになります。光学系が改善され、光線が適切に到達していることが確認できます。
図21 2つの光学系を再接続
このように瞳可視化機能を使用して光学系の入射瞳および射出瞳を確認しながら、適切な光のリレーシステムを設計することができます。
ヒントと注意事項
このセクションでは、考えられるいくつかの質問と回答について説明します。
2024R1は座標ブレークをサポートしていません
2024R1では座標ブレーク面がサポートされていません。これは2024R1.02で改善される予定です。
近軸瞳との比較
近軸瞳と実瞳の結果を比較するのは興味深いことです。以下は、Double Gauss 28 degree system」の両タイプの瞳を示しています。「リング」には大きな違いがあり、中心点はほぼ同じですが、それでも数ミクロンの違いがあることがわかります。これは主に、2 つの瞳が異なる方法で計算されるためです。近軸瞳は近軸光学を使用して計算されます。近軸光学では、すべての面が与えられた光学的パワーで平面であると仮定されます。ただし、実瞳は前のセクションで説明したように、実際の光線を追跡し、焦点を見つけることによって計算されます。中心での差は、光線の選択方法のみに基づいているため、非常に小さいです (近軸瞳の場合は y 方向に 1 ~ 2 本の光線、実瞳の場合は9 つの摂動光線)。リング(瞳端)の違いは、元のシステムの(絞り、実入射瞳)が新しいシステムの(物体、像)であるサブシステムを含めて歪みを考慮します。
(\Documents\Zemax\Samples\Sequential\Objectives\Double Gauss 28 degree field.zmx)
視野タイプによる影響
前のセクションで説明したように、実瞳は正規化視野座標 (hx,hy) で光線を摂動させることによって計算さるため、視野タイプを変更すると、変更前後で定義された視野点が同じであっても、計算される実瞳の位置がわずかに変化する可能性があります。良い例が\Documents\Zemax\Samples\Sequential\Image Simulation\Example 1, A singlet eyepiece.zmx にあります。 以下の結果は、[物体高] (Object height)と[実像高] (Real Image Height) の間で結果がどのように異なるかを示しています。
テレセントリック光学系
テレセントリック光学系や準テレセントリック光学系の場合、瞳は無限遠にあるか、非常に遠くにあると仮定されます。このため、実瞳の計算が不安定になり、ノイズが発生することがあります。Zemax OpticStudioは実瞳が安定して計算できない場合、エラーを検出して報告するようにしています。しかし、自動的に検出されず、レイアウトに異常な描画が生じるケースもあります。通常、このようなケースでは、近軸瞳をチェックして、実瞳データに問題があるかどうかを確認できます。
例えば、次のサンプルファイルを開いてレイエイミングをオンにし、実射出瞳を表示すると、射出瞳が異常に描画されていることが分かります。
\Documents\Zemax\Samples\Sequential\Miscellaneous\ Telecentric system.zmx
近軸瞳をチェックすると、瞳が無限遠にあることが示されます。 以下に示すように、[データ一覧] (Prescription Data) では近軸射出瞳のデータは 1e10 ですが、近軸射出瞳が大きすぎるため、レイアウトではほとんど見えません。
実験として、テレセントリックではなくなるように光学系をわずかに変更してみます。 以下に示すように、絞りと近軸レンズの間の距離を 90 に設定すると、近軸瞳と実瞳の両方がレイアウト内の非常に近い位置に描画されることが確認できます。
実瞳の歪み
絞りと実瞳の間には結像関係があるため、実瞳に歪みがあるのは驚くべきことではありません。実瞳の位置を求めるアルゴリズムは、摂動光線に相互に近接する最も近い3Dの点の検索に基づいています (Line–line intersection - Wikipedia)。したがって、実瞳は平面にはなりません。多くの光学系では、通常、絞りと瞳の間で良好な結像品質が得られるように設計されていないため、実瞳は非常に歪んでいる可能性があります。
サンプルファイル \Documents\Zemax\Samples\Sequential\Objectives\Wide angle lens 210 degree field.zmxで確認してみます。この例では、より多くの視野を設定することで、非常に歪んだ実出射瞳を確認することができます。
この歪みについてさらに詳しく調べるには、元の絞りを新しいオブジェクトとして、元の像面を新しい絞りとして考慮する結像系を構築することが有効です。以下に示すように、新しい絞りが元の像面と異なる位置にあるときに像の品質がどのように見えるかを確認するため、像を形成するための近軸面を追加しました。 新しい絞りが元の像面と異なる位置にある場合、絞りの像 (射出瞳) のエッジで強いデフォーカスがあることが分かります。 このモデルは「distorted_pupil_in_wide_210.zar」として添付されます。
下の図では、近軸面を使用せずに歪みを確認する別の方法を示しています。 代わりに、像面上の光線をシステムの 2 つの側面に延長し、歪んだ実射出瞳を 1 つに重ね合わせています。
軸外し光学系の近軸瞳は役に立たない可能性
光学系が軸から外れている場合は、実瞳を使用することをお勧めします。たとえば、次のサンプルファイルを開いて、近軸射出瞳と実射出瞳を確認します。
\Documents\Zemax\Samples\Sequential\Tilted systems & prisms\Lens pivoted about a point.zmx
このシステムではレンズが傾いているため、実射出瞳の位置はわずかにずれていますが、近軸射出瞳には影響がありません。これは、近軸瞳がレンズの傾きを完全に考慮していない近軸データ (オペランド EXPP/EXPD) に基づいているためです。もう一つの次の例になります。
\Documents\Zemax\Samples\Sequential\Image Simulation\Example 6, tilted image plane.zmx
この例を開くと、実射出瞳は正しい位置にあるのに対し、近軸射出瞳は異なるな位置にあることがわかります。
これは、近軸射出瞳が常に像面のローカル座標上で計算されるためです。近軸射出瞳は、常にローカルの xy 平面上で想定されます。この場合、システムは軸から外れているため、実瞳を使用することが推奨されます。
Reference
- 渋谷眞人. "レンズ光学入門." アドコム・メディア (2009).
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