シャックハルトマン (SH) センサは波面センサです。この記事では、眼の収差を測定するこのようなセンサの設計を取り上げます。波面収差マップや物理光学伝搬などの各種ツールを使用して測定結果を解析します。
著者 : Pascale Parrein
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はじめに
産業装置の開発を通じ、研究目的または治療目的で眼の収差を測定するために、シャックハルトマンセンサが広く使用されています。
原理
このような装置の基本的な原理について説明します。眼の網膜上に光ビームが合焦します。この場合の網膜は光ディフューザとして機能します。安全上の理由から、この測定には近赤外線の使用が望ましいのですが、それでもビームの主な部分は、この複雑な媒質に吸収されます。反対方向へ反射した弱い光は眼のさまざまな要素を通過します。このような要素として、前眼房の硝子体と水晶体、後眼房の房水と角膜などがあります。これらの各要素が、眼の射出瞳位置で波面形状に影響します。
人の眼の構造を以下に示します (https://www.britannica.com/science/human-eye)。
光学系を使用して、眼の瞳とシャックハルトマンセンサを所定の倍率による共役関係に置きます [参考文献 1]。シャックハルトマンを使用して人の眼の収差を測定する構成を以下に示します。
シャックハルトマンセンサは、レンズレットアレイと、その焦点距離の位置に置いた結像センサで構成します。レンズレットごとに、結像センサ上で横方向への焦点の変位を評価することによって、波面のデフォーメーションを局所的に測定します。
シャックハルトマンの原理を以下の図に示します(https://en.wikipedia.org/wiki/Shack%E2%80%93Hartmannn_wavefront_sensor)。
この測定結果を絶対値と捉えるのではなく、基準波面と比較した相対的なデフォーメーションと考える必要があります。一般的に、基準波面は平面波です。各レンズレットで得られた局所的な結果から全体的な波面を再構築します。眼で発生している収差の種類を分類し、その量を定量化するにはゼルニケ多項式を使用します [参考文献 2]。
精度、感度、ダイナミックレンジ間の妥協点が、このような光学系の能力となります。たとえば、大きなマイクロレンズを使用すれば光学系の感度は高くなります。一方で、マイクロレンズの大きな面積の中で波面に発生する局所的な変動は検出できなくなります。この場合は結果の精度が低下します。
収差が発生した波面を優れた信頼性で再構築するには、各要素の寸法を規定したうえで、結果に対する光学系の影響を評価できるように、OpticStudioで光学系をモデル化することが効果的です。実際、光学系をモデル化すると、選択したレンズによる波面のデフォーメーションによって発生すると考えられる影響を評価し、光学系の調整の必要性を判断できます。
モデル化にあたって、眼のモデル化、集光光学系、シャックハルトマンセンサの 3 つの部分に光学系を分解して考えることができます。この記事では、これら各部分のモデル化について説明するほか、光学系の性能を評価する解析ツールにも触れます。
網膜への合焦に特化した注入部分は、ここではモデル化しません。集光光学系とセンサに重点を置きます。
第 1 部 :眼のモデル化
このように複雑な配置の眼をモデル化するために、いくつかのシーケンシャル手法が提案されてきました。それらのうち、ここではナレッジベースの記事「How to model the human eye in OpticStudio」で紹介している手法を採用します。
網膜の中心を物体位置 (面 0) とします。また、外部環境に応じて直径が 2 ~ 8 mm の範囲で変化する絞りを眼の瞳位置 (面 5) に固定します。
視覚異常の発生源として、後眼房の硝子体の長さに関連するものがあります。マルチコンフィグレーションエディタを使用すると、屈折異常のさまざまな症例に応じて、光学系の特性を定義し、またフォローアップできます。
第 2 部 : 集光光学系
この記事では、Liang 氏の著書にある設計を採用します。そこでは、2 つのアフォーカル光学系が取り上げられています [参考文献 1]。
第 1 の望遠鏡を、その焦点距離 f1が、1 番目のレンズから眼の瞳までの距離に等しくなるように設定します。
つづいて、検査対象とする瞳のサイズ範囲に合わせてシャックハルトマンセンサのサイズを調整する際に、最適な倍率が得られるように、第 2 の望遠鏡の焦点距離 f2と f3を選択します。第 2 の望遠鏡の中央部で、3 番目のレンズの焦点面位置にピンホールを配置して、後方からの散乱光がセンサに到達しないようにします。特に、角膜からの散乱光が光学系にとって顕著な障害になります。
両方の望遠鏡の間では視野マッピングが可能です。射出瞳は、シャックハルトマンと共役の関係にあります。システムエクスプローラで次の手順に従います。
- [アパチャー] (Aperture) で [アパチャータイプ] (Aperture Type) を [絞り面半径による定義] (Float By Stop Size) に設定します。眼の瞳を STOP 面とします。
- 2 つのアフォーカル光学系を扱うことから、[アパチャー] (Aperture) で [アフォーカル像空間] (Afocal Image Space) 設定をチェックします。
- [レイエイミング] (Ray Aiming) で [レイエイミング] (Ray Aiming) を [近軸] (Paraxial) に設定して、STOP が確実に光線で満たされるようにします。特に、収差が多い場合にこの点が重要になります。このオプションの詳細については、ナレッジベースの記事「レイエイミングの使用法」を参照してください。
- [詳細] (Advanced) で [OPD の基準] (Reference OPD) を [絶対] (Absolute) に設定します。眼の瞳位置とシャックハルトマンの位置で波面のデフォーメーションを比較するには、両方の位置で平面を基準として波面を評価します。
- 一貫性のあるゼルニケ標準多項式になるようにZemaxを設定します。
実際のレンズを使用した設計を、次のレンズデータエディタに示します。
1 つの表示にすべてのコンフィグレーションを表示すると、さまざまな視覚異常の症例を見ることができます。
第 3 部 : シャックハルトマンセンサ
シャックハルトマンセンサは、一定の曲率を持つレンズを一定の間隔で並べたアレイです。光学系で必要とするダイナミックレンジに合わせて、マイクロレンズのサイズ、数、焦点距離といったデータを選択する必要があります。ダイナミックレンジは、測定可能な最大の波面デフォーメーションに関連しています。このデフォーメーションは、主に眼の屈折異常に起因していて、瞳の境界で発生します。
ユーザー定義面 us_array.dll を使用してシャックハルトマンをモデル化します。パラメータ 3 と 4 で 150 µm のピッチを設定します。レンズレットの材料、厚み、半径を、標準面と同じ方法で定義します。光学系の IMAGE 面で表現している結像センサは、レンズレットの後方焦点の位置に配置します。us_array.dll のパラメータの詳細についてはOpticStudioのヘルプシステムを参照してください。
波面収差マップの解析
シャックハルトマン (面 22) への入射位置で波面を解析することで、最初の解析を実行できます。波面収差マップには、面 22 の位置で正規化射出瞳の範囲で見た波面と平面波との差異が波長数で表示されます。波面収差マップのリボンにミリメートル単位で示されている射出瞳径と、システムエクスプローラで使用している波長で、このデータをスケーリングできます。波面収差マップのリボンには、波面の二乗平均平方根 (RMS) 値とピークバレー値も表示されます。
つづいて、この波面収差マップをゼルニケ標準多項式にフィッティングして収差量を求めます。
ゼルニケ多項式およびZemaxでの名前に関連付けられたさまざまな収差を以下の表に示します。Z4 項は主に眼の屈折異常で決まり、普通は波面のデフォーメーションに対する最も重要な影響因子です。硝子体の長さの変化を扱うマルチコンフィグレーション環境で、ゼルニケパラメータによって確認できる主要な変化です。非点収差、コマ収差、球面収差には、眼の後眼房で発生している問題との関連性があります。3 次収差は振幅が小さいことが普通ですが、視力への影響は大きく、特に低照度環境で顕著になります。
収差 |
\(Z_{n}^{l}\) |
ゼルニケ標準多項式 (Zemax) |
ピストン |
\(Z_{0}^{0}\) |
Z1: 1 |
水平のティルト |
\(Z_{1}^{1}\) |
Z2: \(\sqrt{4}\rho \cos(\theta)\) |
垂直のティルト |
\(Z_{1}^{-1}\) |
Z3: \(\sqrt{4}\rho \sin(\theta)\) |
デフォーカス |
\(Z_{2}^{0}\) |
Z4: \(\sqrt{3}(2\rho^{^{2}}-1)\) |
非点隔差 |
\(Z_{2}^{-2}\) |
Z5: \(\sqrt{6}(\rho^{^{2}}\sin(2\theta))\) |
非点隔差 |
\(Z_{2}^{2}\) |
Z6: \(\sqrt{6}(\rho^{^{2}}\cos(2\theta))\) |
コマ収差 |
\(Z_{3}^{-1}\) |
Z7: \(\sqrt{8}(3\rho^{^{3}}-2\rho)\sin(\theta)\) |
コマ収差 |
\(Z_{3}^{1}\) |
Z8: \(\sqrt{8}(3\rho^{^{3}}-2\rho)\cos(\theta)\) |
トレフォイル収差 |
\(Z_{3}^{-3}\) |
Z9: \(\sqrt{8}\rho^{^{3}}\sin(3\theta)\) |
トレフォイル収差 |
\(Z_{3}^{3}\) |
Z10: \(\sqrt{8}\rho^{^{3}}\cos(3\theta)\) |
球面収差 |
\(Z_{4}^{0}\) |
Z11: \(\sqrt{5}(6\rho^{^{4}}-6\rho^{^{2}}+1)\) |
正常な眼の角膜の後ろで得られる以下のゼルニケ多項式は、ここに示すように面 22 でも読み取ることができます。
角膜位置 (面 8) 水晶体の後 (面 22)
シャックハルトマンの前でのゼルニケパラメータを、眼の瞳位置でのゼルニケパラメータと比較して、いくつかの収差状態で光学系の信頼性を評価します。シャックハルトマンモデルは、眼に起因する波面のデフォーメーションを評価するために装置の寸法が適切に規定されていることを証明します。
幾何光学的像シミュレーション
幾何光学的像解析を使用して、シャックハルトマンセンサ上の結果を確認できます。
ここでは、このモデルを網膜上の点光源から開始していますが、実際には、大きな散乱と吸収を示す網膜をレーザー光で照射します。したがって、この記事ではアポダイゼーションをガウシアンとして定義します。
以下に示す表示で、センサ面での放射照度をいくつかの方法で確認できます。各マイクロレンズの軸に設定した基準位置からの各焦点の変位から、波面の局所的な傾斜を確認できます。データセット全体を復元して、解析に関連付けたテキストファイルに保存できます。このデータセットを使用してアルゴリズムをテストし、その信頼性を評価できます。
物理光学伝搬
スポットの位置だけでなく、回折効果を考慮するには、網膜 (面 1) から結像センサ面 (像面) まで物理光学伝搬 (POP) ツールを使用します。
[解析] (Analyze)→[レポート] (Reports)→[プリスクリプションデータ] (Prescription Data)で物空間での開口数を読み取ることにより、POP のビーム定義のパラメータが得られます。
物空間での開口数は、NA=n⋅sin(θ)=0.126NA=n⋅sin(θ)=0.126 と定義できます。
n = 1.34 は硝子体の屈折率
したがって、θは 5.4°です。これは POP でガウス角度として定義されています。
面 24 では、[パイロット半径を出力] (Output Pilot Radius) が [平面] (Plane) になる点に注目してください。
詳細については「レンズレットアレイで POP を使用する方法」を参照してください。
幾何学的像解析の場合と同様に、センサ面での放射照度を確認できます。
まとめ
us_array.dllの適切な使用による光学系のシーケンシャルモデル化、幾何学的像解析、または物理光学伝搬 (POP) の各Zemax機能を使用すると、眼からさまざまなレンズを経てディテクタに達する光学系を評価できます。構想の各段階で光学系を評価するためにZemaxで使用できる主要なツールは、信頼性に優れた光学系解析を実現する重要な環境としても用意されています。
参考文献
[Ref1]“Objective measurement of wave aberrations of the human eye with the use of a Hartmann-Shack wave-front sensor” Liang et al J. Opt. Soc. Am. A Vol. 11, No. 7 p1949 July 1994.
[Ref2]“Normal-eye Zernike coefficients and root-mean-square wavefront errors ” Salmon, van de Pol, J CATARACT REFRACT SURG - VOL 32, DECEMBER 2006
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