航空宇宙業界では、宇宙空間で使用する光学系ソリューションとして、低コストで簡単に製造できるCubeSat (小型衛星、キューブサット)への注目が高まっています。従来よりも小型で低価格の様々な衛星を製造して、宇宙空間向けの製品をラインアップとして開発するという、これまでにない機会が到来しています。
CubeSatの光学系を製造する企業には、光学系と、それを支持、収納する光学機械系を設計し、軌道上で受ける構造的および熱的な影響をモデル化するための、正確で信頼できる開発手法が必要になります。この連載記事では、ZemaxとAnsysのソフトウェアスイートを活用した、高度なCubeSatシステム開発の概要を、その手順を追いながら解説します。統合ソフトウェアツールセットが設計と解析をどれほど効率化するのか、そのメリットを紹介します。
著者: Jordan Teich、Flurin Herren
記事の添付資料
はじめに
地球の低、中、高軌道で動作する光学系は、数十年にわたり開発されてきました。これまで、それらの光学系、筐体の寸法形状、そこから決まる光学機械系の多くは、システムごとに個別に設計されていました。CubeSatは、レーザー通信から地球撮像まで、幅広い用途の光学系を搭載できる軽量の小型衛星の種類です。CubeSatの最大の特徴の一つが、寸法と形状が標準化されていることです。
この特集では、CubeSatの光学系開発について書かれた論文『Optical Design of a Reflecting Telescope for CubeSat1』を参考としました。
連載のパート4となる本稿では、Ansys MechanicalのFEAデータをSTARモジュールにインポートし、絞り(STOP)面の解析(構造、熱、光学性能)に使用します。FEAデータが光学性能に与える影響を解析し、CubeSatの公称設計の改良に使用します。
STARモジュールを用いたSTOP解析
パート3では、主鏡と副鏡の構造デフォーメーションに関するデータセットを、光学系の動作範囲内の3つの温度(12C、15C、18C)について生成しました。
このデフォーメーションデータを、OpticStudioの元のモデルに対して得られた性能データと直接比較します。Ansys Mechanicalは、FEAを実行する前に、光学系に応力が一切印加されていない状態で、光学機械系と光学系が室温環境に十分なじんでいるものと仮定します。そのため、元のシーケンシャルモデルは、常温、常圧での光学系性能をシミュレートしていると仮定できます。
STARモジュールでは、光学系のシーケンシャルモデルにFEAデータを直接読み込むことができます。これによって、解析ツールスイートに含まれるすべてのツールを使用して、FEA解析で適用された荷重と境界条件が光学系性能に与えた影響を分析できます。結果の解釈にはシーケンシャルモデルを使用できます。ノンシーケンシャルに加えられた変更は、主鏡下部に切り欠きを設けたことだけだからです。シーケンシャルモデルでは、この切り欠きは厳密には存在しませんが、シーケンシャル光線追跡の特性として、ミラー下部を通過する光線は面と光学的に相互作用しません。
FEAデータをSTARに適切に読み込むには、いくつかの手順を実行する必要があります。はじめに、[FEAデータの読込](Load FEA Data)ツールを使用して、テキストファイルをインポートします。このツールは、構造または熱データ(または、その両方)を読み込み、対応する光学面に割り当てるためのウィンドウを表示します。今回の例では、12Cにおける両方のミラーの構造データをSTARに読み込みました。
図1: STARへのデータ読込
データの準備ができたら、FEAデータをフィッティングできます。[フィッティング評価](Fit Assessment)ツールを使用すると、正確なフィッティングが得られるまで、各光学面についてデータを個別に調整できます。図2に、構造デフォーメーションデータを主鏡にフィッティングしたときに使用したデフォルト設定を示します。このツールでは、フィッティング誤差のRMS値およびPV値を表示し、この誤差を最小化するようにフィッティングパラメータを調整できます。
図2: STARツールのフィッティング評価
フィッティングパラメータの[グリッド1](Grid 1)と[グリッド2](Grid 2)を大きくすると、STARのフィッティングアルゴリズムは、フィッティングの過程で参照する隣接点を増やすため、フィッティング結果が全体的により滑らかになります。これらのパラメータを大きくして、必要な精度が得られるまでサンプリングの精細度を高めます。今回の設計では、[グリッド1](Grid 1)と[グリッド2](Grid 2)を3に設定した時点で、満足できるデータフィッティングが得られました。
図3: 適切な設定による主鏡のフィッティング評価
図4: 適切な設定による副鏡のフィッティング評価
ここまでの作業により、構造デフォーメーションデータを適用して、すべての動作温度における光学性能を解析できるようになりました。構造FEAデータセットは、[STAR](STAR)タブの[構造データサマリ](Structural Data Summary)ツールで、すべてを確認できます。このツールでは、注目するすべての面について、構造デフォーメーションの効果を調べるために、データセットのオン/オフを切り替えられます。
図5: [構造データサマリ](Structural Data Summary)タブ
次のプロットでは12CのFEAデータセットを使用しました。この温度で、CubeSatの性能が公称設計から最も大きく変化したからです。これらのスポットダイアグラムやFFT MTFのグラフは、構造デフォーメーションデータを適用したときの、性能への悪影響を表しています。
図6: 12Cと21Cにおける光学系性能の比較
OpticStudioシーケンシャルモデルに適用するFEAデータを切り換える機能により、性能への影響を簡単に確認できます。固有のFEAデータセットをモデルに適用することで、さらに詳細な知見を得られます。たとえば、図7では副鏡の構造デフォーメーションデータのみを適用しています。このデータを適用したFFT MTFプロットを見ると、この設計では、光学系性能の劣化が主に主鏡に起因していることがわかります。
図7: 副鏡のデータによるMTF性能
ここではFFT MTFとスポットダイアグラム解析を取り上げましたが、シーケンシャルモードが対応する、すべての解析を使用して性能への潜在的な影響を調査できます。軌道上の環境が光学系性能に与える影響を解析することは、製造に移行する前に、さらなる設計変更が必要かどうかを把握するためのポイントとなります。
STARの結果に基づく光学設計の変更
STAR解析で得られた知見から、この光学系が動作温度範囲内で性能仕様を満たせないことが判明しました。12Cで、光学系は回折限界のスポットを生成できなくなり、80サイクル/mmにおけるMTFは0.25を下回ります。
設計を製造へと進めるには、この性能劣化を解消する調整が必要です。検討できる変更の一つが、像面の最適焦点位置の調整です。公称光学系のディテクタ位置は、最適焦点を目標とした最適化で決定しました。この最適化によって、ディテクタは主鏡の7.018 mm後ろに配置されました。しかし、公称モデルは室温、つまり21Cの環境に置かれているものと仮定しています。CubeSatが軌道に投入されると、この光学設計は21Cより若干低温の15C±3Cで動作します。STARの結果によると、設計を実際の動作温度条件に置くと、光学系の最適焦点位置がずれます。ディテクタは現在、21Cの条件で最適の焦点が得られるように配置されているため、軌道上の温度条件では最適な位置に配置されません。
STARの結果に基づいてディテクタの最適焦点位置を変更すれば、性能劣化を解消できます。この対策には、地上でのアラインメント段階で21Cの最適焦点位置からディテクタをデフォーカスさせる作業を伴います。適切にデフォーカスすれば、光学系が軌道上の動作温度範囲に置かれた際に、焦点が自動的に最適位置に補正されます。製造環境で、このデフォーカスを実装するには、ディテクタのシムの厚みを調整します。その他の設計の選択肢として、焦点を調整する何らかの機械的な仕組みを追加する方法もあります。そのような合焦機構によりディテクタをZ軸方向に移動すれば、軌道上で性能を回復できます。しかし、この方法は、さらに徹底したテストの必要性と製造コストの増大を招くでしょう。今回のCubeSatの設計では、軌道上での光学系性能の回復に使用できる方法は、カメラのシムの調整だけであると仮定しました。
軌道上の条件でディテクタの位置を最適化するには、STARを介して3つの動作温度条件におけるFEAデータセットをすべてOpticStudioに読み込む必要があります。FEAデータセットを読み込んだうえでスポットサイズ半径に対するクイックフォーカス最適化を実行することで、像面が最適焦点位置に配置されるように、後方焦点距離を調整します。クイックフォーカスのルーチンは像面の前の面の厚みしか調整しませんが、今回の例ではディテクタの位置を主鏡の裏面を基準として動かすことになります。3つの動作温度すべてについて、結果を以下に示します。
動作温度 |
クイックフォーカス後の最適焦点位置(主鏡の裏面を基準) |
12C |
6.758mm |
15C |
6.845mm |
18C |
6.932mm |
この結果から、ディテクタの最適焦点位置が温度に対して線形に変化していることがわかります。軌道上で最適性能を実現するには、主鏡の後ろ、6.845 mmの位置に来るようにディテクタを配置します。これは、21Cの最適焦点位置から-0.173 mm移動することに相当します。
この設計変更を実装するには、面6の厚みを調整します。この調整を行うと、STARデータを適用する前の、21Cでの環境では最適性能が得られないことに注意が必要です。
図8: 21Cにおける性能データ(デフォーカスされた光学系)
21Cで意図的にデフォーカスさせたシーケンシャル設計に対してシミュレーションを実行します。軌道上で焦点位置が適切に補正されるように、面6の厚みが-0.155 mmに設定されています。3つの動作温度のすべてにおけるFEAデータを再適用すると、上記の設計変更を実装した後の光学系の性能を解析できます。
図9: 変更した設計のFFT MTF性能
3つの動作温度すべてのFEAデータを再適用すると、80サイクル/mmにおけるMTFの要件0.25を軌道上で満足できることがわかります。スポットサイズのデータによれば、この設計変更により、各温度条件で回折限界のスポットも得られています。
以上は、STARデータのOpticStudioのシーケンシャル解析ツールによる解析が、設計変更に関する意思決定に役立つことを示す一つの例と言えるでしょう。動作条件における最適性能を達成する、もう一つのワークフロー例では、STARデータを適用した状態で特定の光学系パラメータを最適化する評価関数を定義します。今回は構造デフォーメーションデータセットのみを適用しましたが、熱データセットも同時に適用できることを忘れないでください。
STARの結果に基づく機械設計の変更
STARデータを使用すると、動作条件における光学機械設計の状態も調べることができます。
図3と図4を見ると、デフォーメーションの大きさの面内分布が、主鏡と副鏡で逆向きになっていることがわかります(主鏡は左下で、副鏡は右下)。2つのミラーのデフォーメーションが互いに関連性を示し、デフォーメーションを発生させる荷重のバランスを維持するために、機械設計を改良して、機械的ストップ面(ミラーが保持機構に取り付けられる面)を調整する機構を、ミラーのもう一方の下隅に実装しました。この変更を実装することで、両方のミラーで荷重分布が互いに同じ方向を向くようになりました。この様子を下図(図10)の、赤枠で囲まれた座標系で示します。
図10: 主鏡の保持機構
この機械設計に対する変更後に、Ansys MechanicalでFEA解析を再実行し、新しいFEAデータセットを再びOpticStudioにインポートできます。新しいデータセットをインポートして、[フィッティング評価](Fit Assessment)ツールで副鏡の荷重分布の変化を観察できます。図11から、副鏡の荷重分布が、主鏡と同じ方向を向くように変化したことがわかります。
図11: 副鏡へのFEAデータのフィッティング(機械設計の変更後)
光学機械系の改良設計に関するヒントは、Ansys Mechanicalで生成されるメッシュグリッドを調べることでも得られます。このメッシュグリッドは、FEA解析の実行前に作成されます。下図(図12)の下側の図では、測定棒の一つが主鏡保持機構の全長にわたって貫通しています。これは、2つの部品間の接続に過度の制約を課す可能性があります。
図12: 主鏡保持機構に対するAnsys Mechanicalのデフォーメーションメッシュ表示
これを解決するために、測定棒が主鏡保持機構を貫通する領域の長さが短くなるように設計を変更しました。主鏡保持機構の材料の一部を取り除くことで、この測定棒が保持機構を貫通する部分の厚みが、他の3つの測定棒と同じになるように調整しました。図10の赤い矢印で示した部分が変更個所です。
まとめ
3U CubeSatの光学系設計プロセスに含まれる複数の段階で、Ansys Zemaxソフトウェアスイートを活用する方法を紹介しました。この統合ツールセットを使用すれば、OpticStudioで作成した光学設計を簡単にOpticsBuilderにエクスポートして光学機械系の構造を設計できます。つづいて、光学機械設計全体をOpticsBuilderからFEAソフトウェアにエクスポートして、有限要素解析を実行します。さらに、OpticStudioのSTARモジュールを使用することで、手間をかけずに構造データと熱データをFEAソフトウェアからOpticStudioにインポートし、光学性能を解析できます。この連載記事では、Ansys ZemaxワークフローがCubeSatシステムの開発にもたらすメリットについて注目していますが、このソフトウェアチェーンは、STOP解析を必要とする、別種の宇宙空間向け製品の設計にも適用できる総合的なワークフローを提供します。この種のワークフローを採用することで、エンジニアは設計プロセスの時間をより有効に活用できるようになります。
参考文献
- Jin H, Lim J, Kim Y, Kim S. Optical Design of a Reflecting Telescope for CubeSat. J Opt Soc Korea. 2013;17(6):533-537. doi:10.3807/josk.2013.17.6.533
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