近年、白内障手術は最も一般的な外科手術の一つになりました。手術では、光散乱の増大によって不透明化した患者の水晶体を人工眼内レンズ(IOL)に置き換えます。白内障患者が、より若い壮年期の世代にも広がっていることから、より高品質の像が得られ、眼鏡なしで焦点が合う、高機能レンズへの需要が高まっています。回折IOLは、複数の焦点を同時に形成し、近距離と遠距離の両方でシャープな像が得られることから、こうした需要に応える解決策となります。この記事では、ユーザー定義面(UDS) DLLによってZemax OpticStudioの機能を拡張し、レリーフ型回折レンズの現実的なモデルを作成する方法を紹介します。最後に、ゾーン分解モデルが次数分解モデルよりも優れている点について、OpticStudioの組み込み回折面タイプを使用して検討します。
著者:CsillaTimar-Fulep
ダウンロード
ユーザー定義面DLLのCppソースコードは、コード交換の「DLL (User-Defined Surface): Relief-Type Diffractive Surface」からダウンロードできます。
はじめに
白内障患者からの需要の増大にしたがって、IOLメーカーは、レンズの上位製品に関する研究と精密設計に、より多くの時間とリソースを投資するようになりました。広範囲の物体距離で良好な像質を実現する必要があるため、究極の目標は生来の水晶体レンズが持つ調整能力を再現することになるでしょう。人間の眼が持つ、この自然な機能を人工の部品で直接模倣しようとすると、いくつかの課題に直面しますが、それらは依然として解決されていません。しかし、回折IOLを使用すれば、同時に複数の視距離に対応する解決策を今すぐ提供できます。この記事では、光線追跡を回折解析と併用して、レリーフ型回折レンズを、その実際の面形状に基づいて現実的にモデル化する方法を紹介します。さらに、光学系の性能を包括的に評価するうえで、今回のモデルが持つメリットを明らかにします。
基本設計概念
次数分解
OpticStudioに組み込まれたシーケンシャルモードの回折面モデルは、次数分解に基づいています。このモデルでは回折の次数を1つだけ選択する必要があります。そのうえで、屈折率や面のサグとは関係なく、位相の寄与を加算していくことで回折パワーを表します。この方法を使用すると、次数の伝搬を、物体から像までの光線または、射出瞳からのスカラー回折のいずれかによってモデル化できます。これは、各次数を個別に解析する簡単な解法を提供し、目的とする回折次数が1つであるアプリケーションには役立ちます。眼内レンズの動作原理と、次数分解による記述を用いた設計の適用例は、以下のナレッジベース記事で詳細に解説しています。
OpticStudioで回折面をモデル化する方法
回折面による眼内レンズのモデル化
しかし、上記の次数分解モデルには、いくつかの短所があります。まず、このモデルは、基盤となる屈折面または反射面によって光線が曲がる度合いを位相関数によって増加させるだけであり、回折部品を通した実際の光線の経路を考慮しているわけではありません。したがって、波長分散や、その他特定の収差は無視されます。さらに、この面モデルでは回折効率も考慮されません。最後に、マルチコンフィグレーションの光学系を作成して、異なる回折次数を1つずつモデル化する必要があることも短所の一つに数えられるでしょう。
ゾーン分解
これに対して、ゾーン分解を使用すると、複数の次数への回折を正確に、かつ一括して評価できます。また、回折部品の実際の形状をモデル化することで、波長分散や回折効率も本質的に考慮されます。この方法で異なる次数を設計すれば、複数の視距離で鮮明な視覚を提供するという、人間生来の調整能力を置き換えるような高度なIOLモデルの作成が可能となります。
ゾーン分解モデルでは、回折部品のゾーン幅が波長よりもはるかに大きく、ゾーン内では光学特性が滑らかに変化するものと仮定します。その場合、幾何光学的近似が可能となるため、光線追跡を使用して、回折面の一方の側から、もう一方の側への伝搬を記述できます。これは、ゾーンを近視野では従来の屈折/反射光学部品と見なし、遠視野でスカラー回折解析によって光の分布を計算するだけで良いことを意味します。
OpticStudioのPSFの計算は、まさにこのプロセスを実現したもので、光学系を通した光線追跡を実行し、これに射出瞳から像面までの1ステップの回折解析の結果を加味します。回折部品による位相の変化を、幾何光学に基づいて計算することから、ゾーン分解は、回折面が射出瞳位置か共役点(入射瞳またはアパチャー絞り)のいずれかに配置されている光学系に最も適しています。
IOLの設計とシミュレーションは、この基準を満たす最適ユースケースの一つです。人工レンズは、瞳つまり眼のアパチャー絞りのすぐ後ろに移植される場合が多いからです。一般的な原則として、アパチャー絞りから射出瞳の間でフレネル回折を無視できる場合は、ゾーン分解を使用して、回折IOLを効率的にモデル化できるとされています。
UDS DLLによる回折面のモデル化
上記のゾーン分解法の利点を生かすために、レリーフ型回折面のサグプロファイルを解析的に記述できる、新しいユーザー定義面DLLを実装しました。回折光学部品(DOE)の性能を正確に解析するだけでなく、UDS DLLによって形状をパラメータで記述できることから、これらの回折面の最適化や公差解析も可能になります。カスタムDLLによってOpticStudioの機能を拡張する方法や、新しいユーザー定義DLLをコンパイルする方法の詳細は、以下のナレッジベース記事を参照してください。
OpticStudioのカスタムDLL:ユーザー定義の面、オブジェクト、その他のDLLタイプの概要
ユーザー定義DLLをコンパイルする方法
シーケンシャル面のDLLを使用する場合、OpticStudioがDLLと対話し、データを交換する方法が10通り存在します。これらのシナリオは、一般情報、パラメータ名、安全なデータ転送に加え、レイアウトプロット、近軸光線および実光線の追跡計算に対応します。これら各種機能は、DLL内の異なるCaseで定義します。
今回のモデルには、ステップ高さが均一なレリーフを、基板に相当する標準面の上に追加した、単純な回転対称の回折構造を適用します。OpticStudioに組み込まれた面タイプとモデルを比較できるように、レリーフの形状は偶数次非球面多項式で記述します。したがって、面のサグは次式で表されます。
$$z=z_{subs}+z_{DOE}=\dfrac{cr^2}{1+\sqrt{1-(1+k)c^2r^2}}+mod(a_1r^2+a_2r^4+a_3r^6+a_4r^8+a_5r^{10},h)$$
上式のmodは剰余関数、cは曲率つまり曲率半径の逆数、kはコーニック定数、rは動径座標、hはレリーフの均一なステップ高さです。
DLLでは、まず偶数次非球面多項式の係数ai、ステップ高さh、伝搬アルゴリズムのインジケータをパラメータの列見出し名「Case 1」の下に定義します。Case 3は、上式に基づいた面のサグの記述に使用します。レイアウトプロットを描画するための記述です。Case 4は、近軸光線追跡の結果を考慮するステップですが、ゾーン分解の手法では、光線追跡に加えて回折解析が必要であり、回折解析は実光線追跡でしか使用できないため、このステップは無視します。これは、近軸近似の場合、今回のモデルは標準面のように振る舞うことを意味します。最後のCase 5では、実光線追跡の結果を計算します。そのために、2つの解法、つまり近似解析と反復アルゴリズムを実装しました。この後、詳述します。
光線伝搬アルゴリズム
複雑な面形状では、光線が面と交差する位置の座標を解析的に決定できません。そのため標準面以外の組み込み面タイプの場合、OpticStudioは反復アルゴリズムを適用し、数値計算で解を見つけます。これは、ユーザー定義DLLにも適用できる手法です。しかし、反復アルゴリズムは、直接計算する場合に比べて効率が悪いため、通常適用される反復法による解の他に、局所線形化に基づく閉形式近似解も実装しました[1, 5]。
後者の代替アルゴリズムでは、基板のサグと、これに追加されるレリーフ形状を別々に処理します。はじめに、基板と光線の厳密な交点座標(x0, y0, z0)を決定します。これは解析的に求めることができます。基板は標準面の形状を持つためです。次の手順として、局所的なレリーフの高さ(Δz=zDOE(x0,y0))と、そこから得られる位置(x0, y0, z0+ Δz)における勾配に基づいて、光線とレリーフの交点座標を推定します。接平面との交点の推定座標(x, y, z)は線形方程式を解くことで、これも解析的に計算できます。この直接近似計算は、結果に顕著な誤差を生じることなく、デフォルトの反復法より30%高速化される場合があります。次の図は、このプロセスの模式図です。
眼球モデルでのIOL性能のシミュレーション
二焦点IOLの設計
新しい回折面DLLの適用可能性と利点を示すために、文献[1]に基づく理想的な回折レンズモデルを実装しました。このレンズは、設計波長の光を0次と1次の回折次数に均等に配分します。(これら2つの次数のパワーは等しくなるものの、全パワーのごく一部は、2次以上の回折次数にも配分されます。) 眼内レンズのISO規格に従い、主波長はe線、つまりλ0=546.07 nmに設定しました。IOLは、基本屈折パワーP0=22.5 D、回折によって追加されるパワーPadd=3.5 Dになるように設計しました。レンズの材料は、屈折率n=1.4625のモデル材料ソルブから得られたBenz25によってモデル化しました。一方、周囲の媒質、生理食塩水は、屈折率n0=1.3343のモデル材料ソルブによって記述しました。
1次の回折光がEFLの距離で合焦する理想的なレンズが得られるように、ゾーンjとj+1の境界における、球面ガウス基準波面を基準とする光路差をjλにする必要があります。これは、幾何光学的に次式によって表すことができます。
$$\sqrt{r_j^2+EFL^2}-EFL=j\lambda$$
これは、ゾーンの境界が次式で表される位置にあることを意味します。
$$r_j^2=2\cdot EFL\cdot j\lambda+(j\lambda)^2$$
EFL≫λであることから、後ろの項は無視して、次の近似式を適用できます。
$$r_j^2 \approx 2\cdot EFL \cdot j\lambda$$
したがって、上記のrjにゾーン端を配置し、1次の回折効率を100%にするには、回折面による光路増が次式で表される必要があります。
$$\Delta OPL=n\cdot mod(\dfrac{r^2}{2EFL},\lambda)$$
0次と1次で同じ回折効率が得られるように、一定の増倍率α=0.5も考慮する必要があります。したがって、理想的な二焦点回折IOLの面のサグは次式で記述できます。
$$z_{DOE}(r)=mod(\dfrac{\alpha n \cdot r^2}{2EFL(n-n_0)}, \dfrac{\alpha \lambda_0}{n-n_0})$$
この式に基づいて、レンズデータエディタで、多項式の2次の係数をa1=αn/2EFL(n-n0)=6.82E-3、ステップ高さをh=αλ0/(n-n0)=2.13E-3 mmに設定しました。回折プロファイルによるサグの追加分、つまり基本曲率半径を差し引いた面のサグマップを下図に示します。
最後に、レンズ基板の基本曲率半径を、レンズメーカーの公式によって計算しました。レンズは、厚み1.0 mm、基本パワーP0=22.5 Dの対称両凸レンズであるものと仮定しました。これにより、曲率半径として11.353 mmが得られました。レンズ前面のコーニック定数kは0に設定し、0次の回折光について回折限界の性能が得られるように、レンズ後面を最適化しました。その結果、k=5.8という値が求められました。
製造ラインの検査に使用するISO規格の眼球モデル
IOLのモデルの妥当性を検証するために、ISO 11979-2規格の眼球モデルに回折UDS DLLを組み込みました。この眼球モデルは、眼科的移植光学部品の光学特性を製造ラインで検査するために設計されたものです[2]。モデルの眼球には、ほぼ収差のない角膜が含まれ、その後ろの平坦な2つのウィンドウに包含された液体媒質内にIOLが配置されます。
この光学系の後方焦点距離を、クイックフォーカスツールを使用し、RMS波面収差が最小になるように最適化しました。その結果、像面の位置が0次と1次の回折光の焦点の中間に配置されました。これは、レンズの遠視野における振る舞いを適切に記述するために、光線追跡に加えてスカラー回折解析も必要であることの裏付けにもなります。さらに、波面マップを見ると、この中間位置で隣接するゾーンとの間に半波長の差があることが、はっきりと確認できます。これは、理論からの予想によく一致した結果です。
たとえばFFT PSFやMTFの計算などで回折の効果を考慮する場合、このモデルでは、すべての回折次数が1つのコンフィグレーションで正確にモデル化され、モデルの特性から、回折効率も本質的に考慮されます。50lp/mmのFFTスルーフォーカスMTF解析の結果を次の図に示します。0次と1次の焦点面におけるピーク回折効率は、理論値に近い0.34になりました。
組み込み回折面モデルとの比較
新しい現実的なUDS DLLモデルをOpticStudioの組み込み回折面モデルと比較するために、マルチコンフィグレーション光学系を作成しました。さまざまな次数への位相追加を記述するために、バイナリ2回折面を使用しました。前述の理想的な二焦点レンズの場合に対応する位相プロファイルは、次式で記述できます。
$$\Phi(r)=mod(\dfrac{\pi P_{add} \cdot r^2}{\lambda_0}, 2\pi)$$
関連する参考資料としてナレッジベース記事「回折光学エレメントのサグを求めるマクロ」があります。回折部品のサグと位相プロファイルの間の変換について詳細に解説し、計算のためのZPLマクロも提供しています。
モデルには、バイナリ2位相表現による0次と1次の回折次数、0次と1次の回折次数、レリーフ型UDS DLLモデルの幾何光学的中間焦点に対応する5つのコンフィグレーションが含まれます。0次と1次の焦点面は、バイナリ2モデルを使用して、RMS波面収差を最小とする最適化によって決定しました。さらに、この焦点位置を新しいUDS DLLモデルの解析でもピックアップしています。
焦点面におけるFFT PSFの結果は、次数分解とゾーン分解の両モデル間の違いを浮き彫りにしました。組み込みのバイナリ2モデルでは、選択した次数しか考慮しないのに対し、UDS DLL表現は、合焦していない他の次数も考慮しているため、PSFの背景がより詳細に表示されています。その様子を、1次の焦点における対数スケールの像で視覚化したものが下図です。左の疑似カラーFFT PSFプロットは次数分解モデル、右はゾーン分解モデルの結果に対応します。これらの下には、同じPSFの結果を中心の行つまりY=0の位置における断面図として示しました。
以上に加え、FFT MTFの結果からは、ゾーン分解モデルでは回折効率が正確に考慮されているのに対し、次数分解では正しく計算されていないこともわかります。
多色の結果
最後に、ゾーン分解モデルでの実光線経路追跡では、レンズの波長分散も考慮されていることを示すために、可視光スペクトル範囲で光学系性能を解析しました。設計波長の基準を変えずに範囲を拡張するために、事前設定済み波長の[F'、e、C'(可視)](F, e, C' (Visible))を選択してF'、e、C'線を使用します。FFTスルーフォーカスMTFプロットから、波長が長くなると、1次の焦点面(左の山)が0次の焦点面(右の山)から遠ざかる様子がわかります。同時に、理論から予測されるとおり、波長が長いほど0次に回折するエネルギーが増加し、1次へのエネルギーが減少しています。
まとめ
この記事では、ユーザー定義面DLLを使用してOpticStudioの機能を拡張し、レリーフ型回折眼内レンズのモデル化に使用する方法を紹介しました。IOLは、人の眼で絞りの役割を果たす瞳の近傍に配置されるため、光線追跡および射出瞳から像面までの1ステップ回折解析によって、複数の次数に回折する光の正確な配分を同時に再現できます。ISO規格の眼球モデルに、理想的な二焦点IOL設計を組み込んだシミュレーションにより、このモデルをテスト、検証しました。最後に、組み込み面タイプに使用されている次数分解法に対する、新しいゾーン分解モデルのメリットを明らかにしました。
References
- A . Nemes-Czopf, D. Bercsényi, G. Erdei. Simulation of relief type diffractive lenses in ZEMAX using parametric modelling and scalar diffraction. Applied Optics, 58(32):8931-8942 (2019).
- Ophthalmic implants—Intraocular lenses—Part 2: Optical properties and test methods, ISO 11979-2:1999.
- A. S. Gutman, I. V. Shchesyuk, V. P. Korolkov. Optical testing of bifocal diffractive-refractive intraocular lenses using Shack-Hartmann wavefront sensor. Proceedings of SPIE - The International Society for Optical Engineering, 7718 (2010).
- T. Eppig, K. Scholz, A. Langenbucher. Assessing the optical performance of multifocal (diffractive) intraocular lenses. Ophthalmic and Physiological Optics, 28:467–474 (2008).
- H. Sauer, P. Chavel, G. Erdei. Diffractive optical elements in hybrid lenses: modeling and design by zone decomposition. Applied Optics, 38:6482–6486 (1999).
- D. A. Atchison, G. Smith. Optics of the Human Eye. Butterworth-Heinemann, UK (2000).
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